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まるくまーる(旧・教育部長の講義日記)

問題を解決した人

2020/01/03
瞑想日記 0
20200103 

年末年始に少し時間があるので勉強しながら自分の人生観を再整理してみようと考へたのですが、言ふほど大袈裟なことではありません。

物理学の世界では
「時間は実在しない。それは人間の幻想にすぎない」
とも主張する学者がゐます。

また哲学者のバートランド・ラッセルは
「世界5分前仮説」
といふ思考実験の中で
「100数十億年前に始まつたと言はれるこの宇宙が5分前に創られたと仮定しても何の不都合もない」
と考へます。

量子力学では
「すべての物事は不確定で、観察されたときに確定する」
と言ひます。

このやうな話を聞くと、この世界は本当にあるのか、今現在生きてゐると思つてゐる私とは一体何者なのかといふ思ひが湧きます。

それでも、今の世の中を変へようとして我々は一生懸命努力してゐるのです。
その努力には大きく2つの方向があります。

一つは、自分の外部を変へようとする努力
もう一つは、自分の内部を変へようとする努力です。

主として自分の外部にフォーカスする人たちは、自分の正しさを高めるために人並み以上に勉強し、論理を間違はないやうに熟考する。
そしてその結果得た結論に自信を持つて、自分の結論と違ふ人を批判し、論破あるいは説得して変へようとします。

あんまり強く批判されれば、気の小さい人なら自分の考へを引つ込めるか、あるいは損得を勘案して口をつぐむかも知れません。
さうでなければ、反論に出て論争が始まります。

今の保守政権ではだめだと考へるメディアは、その政権の弱みや欠点を見つけては批判する。
一方、そのメディアと考へを異にする別のメディアは、そのメディアの主張を粘り強く批判する。
そんなことが私の若い頃からの数十年間だけをみても、づつと続いてきてゐます。

さらに最近では、マスメディアは自分に都合の悪いことは報道しないとして、その偏向を埋めようとインターネットが第3勢力として台頭してゐます。

いづれにせよ、自分の外部を変へようとする世界では果てしない批判と論争が続く。
それによつて変化が全くなかつたとは言へないにしても、労力の割には実りがあまりにも少ないと思ひます。

「正義の道は地獄へ通ず」
といふ西洋の格言があるのもむべなるかな。

そこでもう一方には、
「自分の外部を変へるのは二の次にしよう。まづは自分の内面にフォーカスしよう」
と考へる人もゐるのです。

私自身はそちらにフォーカスしたい質なのでその手の情報をよく探すのですが、大抵の人は結局同じことを言つてゐます。

「私に何か問題が起こつた時、その原因は私の外にはない。すべての問題は私の中以外のどこにもない」

「すべての問題」といふのは、文字通り「すべての問題」です。
小さくは私の家族の不和から、大きくは毎日世界で起こる政治経済問題まで、すべてです。

すべてと言へば、極論のやうに思へます。

しかし例へば仏教では
三界は唯心の所現
と言ふし、イエス様も
天国はあなたの心のただ中にある
と言はれました。

また文先生は
世界で起こる問題は自分に責任があると考へなさい
と教へられました。

これらも極論と言へば極論でせう。

量子力学が
「すべての物事は不確定で、観察されたときに確定する」
と言ふやうに、すべての問題もどこに本当の原因があるのか不確定なのですが、
「私の中に原因がある」
と考へる人が出てきたときに、そのやうに確定する。

そしてさう考へた人が自分の中の原因を解決すれば、その問題は解決する。

かういふ考へ方は現実的な見方に慣れた常識からするとナイーブで馬鹿げた極論のやうに思はれますが、私はこちらに一票を投じたい。

自分の外部にフォーカスするアプローチも無駄ではないのですが、それは謂はば現れた現象を叩く対症療法のやうです。
根本治療はそれを採用するには勇気と決断が要求されます。

問題を解決する最も良い方法は、
「私が問題を解決した人」
になることです。

これがやはり今年も変はらず私の方向性になります。

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