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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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運は川を流れて来る

20191210

堀江貴文さんがどこかの対談で、
「僕は運の正体が分かつた気がする」
と言つて話し出した譬へが実に思ひがけなくて、
「やはりこの人、ちょつと群を抜いてゐるな」
といふ気がしました。

持ち出したのは昔話の桃太郎です。

この話の発端は、おばあさんが川に洗濯に行くところから。
洗濯をしてゐると川上からどんぶらこつこと大きな桃が流れ下つて来る。
おばあさんがその大きな桃を拾ひ上げ、家に持ち帰つて割つてみる。
すると中から何と玉のやうな赤ん坊が…。

現実にあるはずはない設定だが、子どもの頃から慣れ親しんだ物語にこれと言つた深読みもしたことがない。
それを堀江さんは、こんなふうに読み解いてみるのです。

その川に洗濯に行つてゐたのはおばあさんだけではないはずだ。
たくさんの女性たちが並んで洗濯してゐたに違ひなく、桃もいくつも流れてきてゐた。

ところがそんな大きな桃など、誰も拾ひあげようとはしない。
だから彼女たちの目の前を桃はただどんぶらこつこと流れ過ぎていく。

おばあさんだけがそんな手に余る桃をわざわざ拾ひ上げ、しかも持ち帰つて真つ二つに割つてみる。
そこからそのおばあさんの家にだけ思ひがけない展開が始まるのです。

堀江さんは
「これが運の正体だ」
と言ふわけです。

桃太郎をこんなふうに読み解いた人を、寡聞にして知らない。

堀江さんは学生時代に東京に出てきて以来、20年以上経つ間、満員電車に乗つたことは数へるほどしかないといふ。

そして、
「満員電車に乗って仕事をする人たちがどうして僕の側にこないのか、づつと考へてきた」
と言ふのです。

数からすれば満員電車に乗つて仕事をする人が大半で、堀江さんのやうな人はごく少数派でせう。
大半の人たちはホリエモンを変人と思つてゐる。
しかし堀江さんは自分のはうが真つ当で、大半の人たちがおかしいと思つてゐるのです。

堀江さんの観点から見ると、彼の側に来ない大半の人たちは
「小利口」
なので、来ない。

小利口な人はリスクを感じ取るとそれを選ばない。
小利口でない人、つまり「バカ」と「天才」だけがリスクがあつても構はず進もうとする。

桃を拾つたおばあさんはごく少数の「バカ」か「天才」だつたのです。

しかし私が思ふに、おばあさんが川で洗濯をする間、おじいさんは山で芝を刈つてゐたのです。
川には桃が流れて来る可能性があるが、山には可能性がなかつたのか。

もしかして山の神にでも出会ふチャンスがあつたかも知れないが、実際に運を掴んだのはおばあさんです。
おじいさんは小利口だつたのでせうか。



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