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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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さういふ者が「聖子」だ

20190709 

今日ある方と話してゐて、面白い体験談を聞きました。

今から20年以上前のことですが、お父様が直接講義される特別な修錬会があり、壮年ばかりが集められた時に修錬生たちに向かつて質問されたことがある。

「君たちの中で、結婚以来これまで一度も奥さんに不平不満を言つたことがない者がゐれば、手を挙げてみなさい」

その時、その方は勢ひよく
「ハイッ!」
と手を挙げたさうです。

するとお父様が
「さういふ者が『聖子』だ」
と仰つた。

その質問にさつと手を挙げるといふのも感心するが、「聖子」についてかういふ説明を聞くのも初めてで驚いたのです。

家庭盟誓の2番に
「家庭では孝子、国家では忠臣、世界では聖人、天宙では聖子の家庭の道理…」
といふ一節があります。

そしてこれを説明したお父様のみ言葉の中には、
「家庭を犠牲にしても忠臣の道を求めて国に仕えるべきであり、国を犠牲にしても聖人の道理を果たすべきであり、世界を犠牲にしても天が願ふ聖子の道を行くべきであり…」(『天一国天聖経12-3-5-39)
などとあります。

それで聖子とは国のために犠牲になる忠臣よりも、世界のために生きる聖人よりもレベルの高い人だと考へてゐたのに、
「妻に一度も不平不満を言はない夫」
そんな人が聖子とは!

これは家庭における夫婦関係でのことですから、忠臣よりも前の段階ではないのか。
単純に考へればそのやうにも思へるのですが、本当にお父様が言はれたのであれば、ここには何か思ひもかけない深い意味があるかも知れない。

結婚生活数十年。
その間、一度も伴侶に不平不満を言はないといふことが簡単かと言へば、簡単ではない。
国の王には滅私で仕えたとしても、家に帰つて妻に不平不満を言はない忠臣がゐるだらうか。

生涯結婚もせず、ひたすら最貧国の貧民のために尽くす聖人もゐます。
その人よりも1人の妻に不平不満を言はずに暮らす人のはうがもつと立派だらうか。

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