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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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1日3時間労働

20190705 

私にとつてはおよそ半年ぶりの清平。
ところが、その時に同行した壮年男性は実に10年以上ぶりだと言ふ。

仕事も忙しいのでせう。
旅費も結構かかる。

帰りは夕方空港に着き、夜の道を自宅まで交替で運転しながらyoutubeのあるトークチャンネルを聞いてゐると、
「今の日本なら、働ける人がみんな1日3時間働けば、日本人全員が十分快適な生活ができる」
というやうな話をしてゐます。

人は大体20歳くらいまで学業をしながら自分を作る。
その基礎を作つたら社会に出て働く。

仕事をしないと、自立して生きていけない。
すると、働くのは生きていくためだ。

まあもちろん、仕事の成果が世の中の役に立つ。
仕事自体も面白い。
さういふこともあるでせう。

しかし動画の話者が分析するには、今の時代の生産力、技術力、社会システムなら、生きていくために現状のやうに8時間も9時間も働く必要はない。
せいぜい1日3時間も働けば、生活自体はできるのではないかといふのです。

さうすると、朝の9時から昼の12時まで働いて、後は仕事以外のことができる。

これは何も、なるべく仕事はしないで遊んで暮らしたいといふことではない。
さうではなく、今の社会レベルなら1日3時間程度の労働で済むはずなのに、昔ながらの観念から抜け出せないために、相変はらず8時間も9時間も働いてしまつてゐるだけではないか。
そんなふうに言ふのです。

例へば今のお米農家は、1ヶ月だけ働けばその年のお米は生産収穫できる。
あとの11か月をどうやつて過ごすかに頭を悩ます。
さういふ話もあります。

それはどうも、今でも私たちの頭の中にある生活のイメージの中心には「(生きていくための)仕事」があるからではないか。
その仕事のために私の人生の持ち時間の3分の1を割き、もう3分の1を睡眠に使ふと、残りの3分の1をどのやうに使ふかといふ明確な設計図がないから、空いた時間でスマホゲームに没頭したり飲み屋に行つて時間を潰してしまふ。

そんな話を聞きながら、隣の壮年と顔を見合はせ、
「1日3時間の労働で、本当に生きていけますかね?」
と互ひに訝る。

その壮年の話を聞けば、仕事は結構な重労働で、金曜日まで働けばへとへとになる。
土日で体力を回復して、また月曜日から頑張る。
それでも生活はなかなか楽ではない。

1日3時間労働といふのは現実にはさまざまな課題があるに違ひないが、我々の地上人生の価値をどこにおいて生きるかといふ第一歩の「思考実験」としては意味のあることのやうに思へます。
創造理想に基づいた働き方改革。

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