ただ人のために仕事をして死になさい
以前にも紹介したことのある『心情文化世界とマルチメディア』(文孝進著)。
改めて項をめくつてみると、端から端まで漲る緊迫感は半端ではありません。
「み旨のために生き、み旨のために死ぬのが男性像です。男性は死ぬ覚悟で戦い、打たれて何かを復帰してこようとするのです。男性の世界で、つまらないとか立派だという評価は生と死をもって決定されます」
「ただ人のために仕事をして死になさい」
「人はみな死ねば審判を受けます。その時、最も良い言い訳は何でしょうか。それは仕事をしながら死ぬことです」
「私たちの教会では、イエス様は本来の使命を果たすことができなかったと言います。自信がなければ、最初からそのように死のうと考えるのが賢くて賢明なことです」
「男は時には戦わなければなりません。戦いは生と死の闘争です」
これらはほんの一例ですが、全編を通じて「死ぬ」といふ言葉が数限りなく出てきます。
実際こんな人がそばにゐたら耐えられる自信がありません。
「いかに良く生きるか」
よりも
「いかに良く死ぬか」
を四六時中考へておられたやうな印象を受けます。
今から11年前、45歳で亡くなられる直前まで音楽活動に没頭しておられました。
まさに「仕事をしながら」の突然の死でした。
孝進様の言行録を読みながら思ひ浮かぶのは、
「女性は生み、育て、男性は戦い、死ぬ」
といふ言葉です。
このやうに役割を分けてみると、この世の土台は明らかに女性が作つてゐる。
男性はその上に乗つて、何かを少しでも発展させようと死に物狂いで働く。
それでも思ひ通りに達成できなければ、惜しみなく死ぬまでだ。
そんな男気の世界です。
戦争のある時代なら、文字通り武器を取つて戦地に赴き戦ふのは男の専売特許でした。
しかし今の日本のやうな戦争に縁のない社会で、男はどういふ戦ひをしたらいいのか。
最高の芸術は「人間を作る芸術」です。芸術の世界で一つの大作を作るのも大変なことなのに、人間を作るという芸術がどれほど難しいか分かりますか。 第二の自分を作るためには、先に見せて上げ、果てしなく「もつと(more)」を追求する姿勢を見せなければなりません。そうしてこそ、一緒に働く人たちも自ら進んでその仕事を続けるようになるでしょう。 「私にもできる。私もこのために犠牲になれる」と思つて続けることでしょう。 私は理想的なものを好みます。理想において最高にはなれないまでも、最高になるための道は引き続き歩まなければなりません。 行けるところまで行かなければなりません。たとえ目標に向かって行く途中で死んでも構いません。私は心からそう考えます。 |
これが孝進様の戦ひの一つだつたやうに思へます。

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