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どこがそんなに居心地が悪いんだ

kitasendo
20190331 

「実家は居心地が悪いんだよね」
といふ一言が我が子から出た時、まつたく不意打ちを食らつたやうなショックを受けて、丸2日間生きた心地がしなかつた。

外的、環境的なことではないやうなので、何かもつと内面的な理由があるのだらうと思ふ。
子どもからそれほどに嫌はれる要素が私にはあるのか。
さう考へると、ますます気持ちが沈む。

しかし沈み込む度に、
「こんなふうに落ち込む私は本当の私とは関係がない、この思ひを手放さう」
と考へてゐると、2日を過ぎた頃、水底(みなぞこ)からゆつくりと湧き上がるやうに一つの思ひが浮かんできたのです。

神様からこんなふうに言はれたら、私はどうするだらうか

み言葉によれば、我々人間は「神の宮」です。
神様は私の中に住みたいと願つておられる。
ところがもし、その宮が雑然と散らかつてゐるとか、どこか刺々しい雰囲気があるとか、そんな問題があれば、神様は「居心地が悪い」に違ひない。

さうすると仕方ないから、宮の中が浄められるまで少し離れたアパートにでも仮住まいして時を待つしかないでせう。

「あれは子どもの言葉ではなく、神様の言葉だつたのではないか。子どもを通してそれを教えて下さつたのかも知れない」

よく考へてみると、私には相当の自惚れがあつて、
「私はそれほど質の悪い人間ではない。子どもにもそこそこ好かれてゐる父親だ」
と思ひ込んでゐた節があります。

しかし神様から見ると、私の中はまだまだ相当に住みにくい。
私の中の何がそんなに居心地の悪い要素なのか、クリアには分からないながら、多分さういふ要素がいろいろあるだらうなといふ気は確かにするのです。

その要素がはつきりと分かり、それなりの努力で改善されていけば、神様にとつて居心地が良くなると同時に、子どもにとつても居心地は良くなるに違ひない。
子どもに居心地の悪い思ひをさせてきたことは申し訳ないが、それに気づかせてくれたことに対しては本当に有り難い。

神様にとつて居心地の悪い要素。
じいつと考へていくと、それが何か分からないではない。
ほぼ目星はつくのです。

私の中でいまだに肉心の声があまりにも大きい。
良くならうと努力しながらも、自分なりの考へが強く、思ひ込みが抜けてゐない。
だから良心の声がなかなか聞こえない。

肉心の声をもつと整理していけば、いづれ近いうちに神様もアパートから私の宮へ足を運ばれるやうになるだらう。

考へがここまでくると、私の沈んだ心はすうつと浮かび始めたのです。
子どもの一言への痞(つか)えはほぼ消え去りました。

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Admin:kitasendo