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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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無条件的な感謝は蕩減と無縁である

20190205 

原理と言ふみ言葉の大海で、我々はどのやうにそのみ言葉の水を掬ひ、飲めば、本当の栄養にすることができるのか。

私の心からはさまざまな思ひが、ひつきりなしに浮かんできます。

「あれは好きで、これは嫌いだ」
「あれはしたいが、これはしたくない」
「あの人の言葉や態度は、私の許容範囲にない(腹が立つ)」

嫌悪であらうと喜びであらうと、許容であらうと拒否であらうと、ほぼすべての感情は私が抱へる過去の蕩減問題と無関係ではないと思はれます。

分かりやすく言ひ換えると、私の数多くの先祖たちがその人生で体験し、葛藤し、憎んだり憎まれたり、腹を立てたり喜んだりしたすべてのことが、私を通して現れる。
おそらくその先祖たちは、自分たちが残してしまつた感情の数々に苦しみ、それらを本然の感情に変換してほしいと、私に願つてきてゐる。

そのやうに変換することが
「蕩減条件を立てる」
といふことであり、それができるのは、今肉身を持つている私しかゐない。
そして、私が条件を立てると、先祖たちは復活するのです。

しかし変換は、相当に難しい作業です。
腹を立てまいと頭で思つても、我知らず腹は立つてやまない。
そんな感情を変換するための「鍵」があるでせうか。

今私が考へる、最も有効な「鍵」の一つが、
感謝
といふものです。

嬉しいことでも悲しいことでも、楽なことでも辛いことでも、すべてについて「感謝」する。
「すべての」といふことは、「無条件」といふことであり、「絶対的」といふことです。

「無条件」であり「絶対的」といふとき、「感謝」は蕩減と関係なくなります。
過去を一切反映しないからです。

このやうな「感謝」を比喩的に表現すれば、
無条件的な感謝は、過去の蕩減問題を覆ひつくして、それを溶かしていく

感謝について、お母様はこのやうに言つておられます。

私たちの路程に不満や不平はあり得ません。今、二世は一世と同様に、信仰で最も基本となる「万事に感謝する生活」をしてゐないので、非常に心配です。

ここで言はれている「万事に感謝」が「無条件的な感謝」といふものです。
そしてさらに、こんなふうにも言はれる。

本当に100%感謝するとき、心と体が統一されます。そして、皆さんの周辺が幸せになります。

心と体の統一は、宗教世界において最も困難な課題とも言へるものであるのに、「100%の感謝」つまり「無条件的な感謝」によつてそれが可能だと言はれるのです。

「無条件的な感謝」はそれほどに強力である。
それは蕩減と関係がなく、本然のレベルであつて、その強力な力で過去を整理していく。
そんなふうに思はれるのです。

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