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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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白衣従軍、メダルゼロ

20180916 

「私は過去にあることをした」
「今現在、私はあることをしている」
「私が思考する知識レベルはこの程度だ」
このようなすべてのことを降ろしておいて、「無」からいかに心と体が一つになり、統一された位置で歩むことができるか、努力しなければなりません。この時間から、上下高低を問わず、すべての指導者はすべてのことを置いて、3日修錬に参加するのです。
(2018年8月28日 清平修練苑 真のお母様)

このようなお話をされた日の前日27日が、真のお父様の聖和6周年記念日。
28日からは世界指導者が参加する様々な国際会議が予定されていました。
それを突然キャンセルする形で、彼らすべてが清平で3日修錬会に参加せよとアナウンスされた。

この時のお話の中で、
『無』に戻れ
と言っておられるのが、とても印象的です。

そう言われる背後には、
「指導者たちは『無』ではない。多くの余計なものを抱え込んでいる」
という認識がお母様にあるのに違いない。

私の過去の誇らしい実績。
私の今の地位と権力。
私が蓄えてきた豊かな知識。

これらが、余計なものになっている。

「それをすべて降ろしなさい」
と言っておられます。

根本問題は、心と体が一つになっていないこと。
これはお父様が生前、繰り返し強調されたことです。

これから来年2月の基元節までの半年間、目標を達成できなかった指導者は、その位置を降りなさい。

それをお母様は、
白衣従軍
と表現されました。

その意味は、
「将の資格を奪い、(身分の低い者を意味する)白装束の一兵卒として従軍させる屈辱刑」。(Wikipedia)

韓国の勇将・李舜臣も一度そのような憂き目にあったと、歴史の記録にあります。

ところで、
「無ではない」
という問題は、独り指導者に限った話ではないでしょう。

あらゆる人が、無ではない。
無であるということは、誰にとっても極めて難しい。

今、日本のスポーツ界でも、それぞれの組織で力を持つ人たちのパワハラが次々に発覚しています。
これも、その人たちが無ではないから。

「私は過去にこんな実績がある」
「今の私はこの地位で、こんな権力がある」

そういう余計なものがいくらでもあるから、無になれない。
根本は、心と体が一つになっていない。

このようなスポーツ界の現状を踏まえ、2年後に迫っている東京五輪での目標を、
「メダルゼロ」
にしたらどうかと提案する人もいます。(半分は捻った揶揄ですが)

私は、
「白衣従軍」
も悪くないと思います。

あるいは、最初からその地位に留まる期限を決めておく。

横綱なら、在位3年。
監督なら、職務4年。
会長なら、在職5年。

そして、その期限が来たら、あっさりその地位を降りて白衣になる。

「無(ゼロ)」に回帰するのが、誰にとっても、本当は幸いなことのような気がします。

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