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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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私をここに遣わしたのは、神です

20180801

先日の礼拝で私が担当した説教のタイトルは、
「信仰と血統の実り」
副題が、
「私をここに遣わしたのは、神様です」

最初に私が提起した疑問は、
「なぜアベルは殺され、ヤコブは殺されなかったのか?」
ということです。

いろいろな要因があるでしょうが、私が注目したのは次の聖句。
「父の喪の日も遠くないであろう。その時、弟ヤコブを殺そう」

これは、相続権を弟ヤコブに奪われたことを知ったエサウの独白です。
彼はなぜ、弟を殺すのに父イサクの喪の日まで待とうとしたのか。
それはおそらく、彼がこう考えたからだろうと思います。

「父が愛するヤコブを今殺せば、父が悲しむだろう。それだけは忍びない」

エサウは父イサクを重んじていた。
幼いころから父を見ていると、父はその父アブラハムをとても愛しているし、尊重している。

イサクが幼い少年だったころに、アブラハムが神の命令で供え物にしようとした。
その時イサクは父を信じて、自ら祭壇に身を横たえたのです。
そしてそういう父への絶対的な信頼は、生涯変わらなかった。

そういうイサク(父)とアブラハム(祖父)との親子関係を見ながら育ったエサウは、誰に言われるまでもなく、
「父というのは信じて尊重しなければいかないものだ」
と思ったでしょう。

だから、エサウは父の存命中に弟を殺すことをよしとしなかった。
そして、この「喪が明けるまで」の期間を使ってヤコブは家を抜け出し、命拾いしたのです。

このように考えると、ヤコブとエサウの実体基台摂理が成されるために、その父イサクの生き方そのものがとても重要な役割を果たしていたのだと思われます。

説教ではこれを枕として、このようなイサクを生み出した母サラの内容を考え、さらには、イサクの孫にあたる実に偉大な人物ヨセフが登場する背景についても考えてみました。

アブラハム、サラ、イサク、ヤコブ、ヨセフと、それぞれ個人として見ると、「信仰」の素晴らしさが見えるのですが、彼らをつながりとして見ると、そこに「血統」というものの力が見えてきます。

エサウが「父の喪が明けるまで」に拘ったのは血統の力に動かされたのです。
しかし、血統の力が最も鮮明に現れるのはヨセフを通してのように思われます。
彼はまさに「血統の実り」と言ってもいい人物です。

ヨセフは異母兄たちに疎まれ、井戸に投げ込まれて死にそうになるところを砂漠の商隊に拾われてエジプトに売られる。
奴隷の身の上で侍衛長ポテパルの家に入る。
それから紆余曲折があるが、夢解きの力で王の目に留まり、国の運営を任される。

そんな折に地域一帯が飢饉に襲われたとき、食料を求めてエジプトに来た兄たちと再会し、最後には父と愛する弟も呼び寄せて、兄たちにこう告げるのです。

「私はあなたがたがエジプトに売った、弟のヨセフです。しかし、私をここに売ったのを嘆くことも悔やむこともいりません。
神は、あなたがたの子孫を地に残すため、また大いなる救いをもってあなたがたの命を助けるために、私をあなたがたより先に(エジプトに)遣わされたのです。
それゆえ、私をここに遣わしたのはあなたがたではなく、神です」

恩讐の中の恩讐ともいうべき兄たちに面と向かって、
「あなたたちは悪くない。恨んでもいない。私の運命は神様の手によって作られたのだ」
と言ったのです。

結果的には大国の宰相にまで登り詰めたがために、そのように言う余裕が生まれたのかも知れない。
それにしても、このような発想の転換は天性の素質ではないかと思えるのです。

先祖たちが営々と積み重ねてきた内的な功労が、このような形で子孫に実る。
今の私はこれほどの素質はないとしても、私の信仰の実りを子孫の中に発見できる日は必ず来るだろう。
そういう希望をもつことはできます。

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