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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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脳みそでは神様と通じない

20180715 

本日の礼拝はネットの中継で堀副会長の説教を伺った。
その中でいくつか深く印象に残ったお話があるが、2つだけ記しておこうと思います。

一つ目は、
脳みそでは神様と通じない
ということ。

「我々は神様と情報をやり取りしているのではない。心情というものがチャンネルだ」
記憶に頼っているのであまり正確ではないが、そんな意味合いの話があったと思う。

脳みそとは、言い換えれば「理性」と言ってもいいでしょう。
この理性というものは、使いようによっては、ある限定された分野でよく働いてくれますが、却って邪魔をする分野もあるのです。
それは、アブラハムのイサク献祭の場面を見てもそうだし、我々の信仰生活を通しても体験するところです。

「イサクを捧げてくれ」
という神の声を聞いた時、アブラハムが理性で考えれば、絶対に受け入れられない。

初めはおそらく理性であれこれ考え尽くしたでしょう。
しかし、理性的には絶対に矛盾する命令をする神様を信じようとすれば、理性を止めるしかない。
彼が天地がひっくり返っても従えないような無体な命令に最終的に従ったのには、聖書にも記載されず歴史の裏に隠れた、何か心情のチャンネルを通じて入ってきた直観のようなものがあったのではないかとも推量できます。

我々も今日、原理について、あるいはメシヤの原罪のあるなしなどについて理性的に議論することが多いのですが、そのようにすればするほど見えなくなるものがあるかも知れない。
理性は捨てないまでも、心情のチャンネルをいかにいつも開放しておくか。
これは重要なことだと思えます。

二つ目は、
真の父母の前では言い訳が通じない
ということ。

ここには副会長自身の体験があります。

真の父母様に呼ばれて行ったとき、前の晩に、
「明日の朝食には呼ばれませんでした」
と告げられた。

父母様の朝食会はいつも7時と決まっています。
少し気持ちが緩んで支度もせずに自室にいた時、急に連絡が入って、
「堀は来ないのかと言っておられます」
と言う。

時計を見れば、6時55分。
大慌てで正装して朝食会場に到着したとき、7時を5分か10分回っていた。

お母様を中心に静かに朝食が始まっているその場に1人遅れて入って行くその時の心持ちは、言葉では言い表せない。
そういう時に、
「今朝は呼ばれないと伺っていたものですから … 」
などと言い訳もできない。

もし何らかの言い訳をしたとしても、父母様はそういう人の心根をよく見抜いておられる。

「だから、父母様の前では何の言い訳もしないと心に決めておくのがいいのです」
と副会長。

そして、
「人の伝言を簡単に信じてはいけない」
とも。

もっともなことだと思います。

「父母様の前では」
と言うのですが、これは、
「天国では、霊界では」
ということです。

「明日は呼ばれていない」
と聞いても、
「本当にそうか。事情が変わって明日呼ばれたらどうするか」
とまで考えず、何の準備もしていなかった自分が愚かだと考えれば、言い訳の余地はないのです。

我々の人生、理性などではとても処理しきれないことが大半です。

(文責はブログ管理人教育部長にあります)

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