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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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感謝する生活④「甘受など、できるものか」

20180414 

感謝する生活③「苦痛の意味に焦点を当てる」の続きです。

ここで重要なことは、お母さんが、
「息子にはどんな問題があるのか」
というところに焦点を当てないということです。

お母さん自身が今感じている苦痛は何かということを見る。
それが第一です。

お酒をやめられない息子をもって心配だ。
言っても言っても直してくれない、イライラする。
あるいは、親戚から、
「親の育て方がおかしいから」
などと責められて、苦しい。

これらがお母さんの苦痛ですね。

お母さんの苦痛は、お母さんの中にある。
すると、お母さんが清算すべき課題は、息子など、お母さんの外部にではなく、お母さんの内部にある、ということになりませんか。

普通は、息子が酒をやめられないのは息子に問題があるからだと考えるでしょう。
だから、息子を直さないといけないと考える。

息子には息子なりの苦痛はあるでしょう。
しかしそれは息子の問題であって、お母さんの問題ではない。

お母さんの苦痛はお母さんの内部にあるので、お母さんが何らかの条件を立てれば、それを克服できる可能性があります。
その条件を蕩減条件と言います。

どのようにすれば、お母さんは蕩減条件を立てられるでしょうか。

復活論によれば、
神様が悪霊人を通して与える苦痛を甘受すれば、神様はそれを蕩減条件として認める
とあります。

これに沿って考えれば、お母さんは自分の苦痛をいかに甘受するか。
それを考えなければならない、ということです。

甘受とは、どういうことでしょうか。
これも復活論によれば、
その苦痛を『当然』のこととして、『喜んで』受け入れる
ということです。

ところが、未成年の息子が酒浸りになっているのを、お母さんが「当然」のこととして「喜んで」受け入れることができますか?

「そんな馬鹿げた話があるか」
ということになります。
ここが、私たちにとって、とても難しいところです。

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