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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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感謝する生活①「偶然はあり得ない、と思います」

20180407

先日、
「感謝する生活」
と題して講義した内容の一部書き起こし第1回です。

★★★   ★★★

結論的にお父様は、「 〇〇しなければならない因縁なしには、どんな人(良い人、悪い人)にも会えないし、どんなこと(良いこと、悪いこと)も起きない」とおっしゃいました。

これは長い間お父様(文鮮明先生)の近くで教えを受けてこられた史吉子(サ・キルジャ)婦人の証言です。
〇〇に入る言葉は何でしょうか。

「解決?」

そうですね。
近いけれど、
「『清算』しなければならない因縁なしには ... 」
ですね。

つまり、どんな人に会うか、どんなことに出会うかということは、必ずそれを通して私が何かを清算しなければならない理由があるので、出会うんだ、というわけです。
そして、それがお父様の結論だというふうに言っておられます。

「清算する」
というのは、私が何か問題を抱えていて、それを帳消しにするということですね。
そのために、そういう出来事が起こる。

どうでしょうか。
我々がこの結論を受け入れるか受け入れないかは、非常に重要なことになります。
受け入れていいでしょうか。

「 .......... 」

お父様はそんなふうに言われるけれども、まあ95%くらいまではそうであったとしても、残り5%は偶然かも知れない。

「偶然はあり得ない、と思います」

そんなふうに言って、本当にいいですか?
大変なことになりますよ。
どんな不都合なことが起こっても、これは偶然ではない。
必ず何か理由がある。

良い人と良いことだけに出会うのであればいいですが、悪い人にも悪いことにも出会う。
これは偶然ではなくて、100%必然だということで本当にいいですか?

「因縁」
という言葉は、元の韓国語ではどういう言葉か、私には分かりませんが。

「日本では大体悪い意味に使いますが、韓国では良い意味で使いますね」

良くも悪くも、先祖も関わったそういう因縁の中で、我々は生きている。
それも含めて清算をしなければならないということですね。

創造原理によれば、先祖自身はその因縁を清算できない。
肉身がないですからね。

複雑にもつれた因縁がどういうものか、我々には分からない。
しかしそれを神様は分かっていて、必要な時に必要な人や出来事に出会わせて、それを清算させようとなさる。

「私たちには分からないから、どんなことでも感謝するしかないですね」

Sさん、あまり先回りして結論を言わないでください。
講義がしにくくなります。

(笑い)

95%ではなく100%必然だとすれば、我々はもはや迷う必要がないということですね。

「今日出会ったことは理由があるかも知れないし、もしかしたら偶然だったかもしれない」
というふうに迷う必要がなくなる。

95%と考えるか、100%と考えるかは、近いようでいて、天地の違いがありますね。
お父様のみ言葉をそのまま理解しようとすれば、そのように考えるしかないということです。

(続く)

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