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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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文字というのは、天との交信

2080325 

漢字学の泰斗、白川静博士は結構いろいろな小説家にも影響を与えているようです。(『白川静入門』小山鉄郎著)

有名なところでは、村上春樹もその一人。
しかしここでは、辻原登について触れてみようと思います。

『白川静入門』の中で、小山のインタビューに答えて、辻原はこんな話をしています。

「声の言葉と文字との出合いというのは、人類史から言えば、ごく最近なんですよね。文字というのは単に声の言葉の記号ではないんです。ぜんぜん別な方向から来ているんですよ。白川静は、まさにそのことを言っているわけですが、文字というのは、天(神)との交信ですよね」

言われてみると、確かに「文字の発明」というのは神秘的です。
今でも、世界の民族の中には、声の言葉はあるが文字を持たない民族もある。
日本も太古、独自の文字を持たず、中国から入ってきた漢字によって文字文化が始まり、平仮名、片仮名を作り出した。

それなら、太古、中国大陸のどこかで漢字が生まれたいきさつはどんなものだと、白川博士は言うのでしょうか。

今、我々が使っている漢字のルーツは、今から約3300年前、古代中国の殷王朝の王である武丁(ぶてい)の時代に誕生した甲骨文字。
武丁の時に、殷は初めて天下を統一したのですが、その頃に、4000あまりの文字がいっぺんに生まれたのです。
天下統一と文字の誕生との間に、どのような必然性があったのでしょうか。

この時の王は、卜(うらな)いを通して神と交信できる者として、自分の権力を形成していた神聖王だった。
この時に生まれた甲骨文字は、王が神と交信するための道具という役割を担っていたのです。

漢字誕生の素地は、強大な権力者・絶対的な神聖君主の存在だというわけです。
これは、ヒエログリフという象形文字を生み出した古代エジプトも同様。
反対に、日本で独自に文字が生まれなかったのは、そのような絶対君主がいなかったからだと、白川博士は考えます。

ここから話の筋は文字の誕生から離れ、絶対君主誕生のいきさつのほうへ移ります。

原理講論の復帰原理を見ると、アブラハムの孫であるヤコブの時にメシヤのための基台ができたのに実際にメシヤが降臨されなかったのには理由があります。
神側が作った基台は家庭次元であり、それに対するサタン側では国家を作って対峙していた。
それゆえ、神がメシヤを送るためにはイスラエル民族も国家基盤を準備しなければならなかった、というのです。

イスラエル民族が作るべき国家は、当然神の権威を背景としたものでなければなりませんが、実はサタン側においても、権威はやはり(彼らなりの)神にあったと考えられます。
一人の人間が絶大な力を持つためには、その背景に人間を越えた何かを持つ以外にない。

その神の神聖な指示を聞くことのできる人間。
そのような何か特殊な能力を有した人間が、王の位置に上り詰めていく。
その特別な権威に、大多数の民は従うようになるのですが、ここには一長一短があります。

例えば、イスラエル民族が初めて王を戴き、国家を作ろうとしたとき、初代の王に推戴されたサウルは、民に向かって、
「王を立てるのに慎重であるべき理由」
を以下のように述べています。

① 息子が取られて従軍させられる
② 軍のための仕事が課される
③ 娘も取られて働かされる
④ 良い畑なども取られた上に税を課せられ、民は王の奴隷になる
⑤ 民が王のゆえに神に呼ばわっても、神は答えられない

このような理由を並べられてもなお、民はサウルの言を容れず、王として立つことを懇請した。
なぜか。

これまでのように部族ごとに分かれ、士師に統治されるだけでは、周辺の強大な国家と対決することができない。
攻め込まれれば、甚大な被害を甘受するしかない。
それなら、多少のデメリットは受け入れても国王を立て、強大国家から守ってもらう道を選ぼう。
そういう事情があったのだろうと思います。

神側、サタン側という対立軸で考えることもできますが、いずれにせよ、「神の声を聞く」という能力を有する特殊な人間を中心として国家を形成し、営んできた。
面白いことだと思います。



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