「私、親不孝な人は嫌いです」
朝、出勤前にNHKの朝ドラ「ひよっこ」を見ることが多い。
主人公の矢田部みね子は1960年代のなかば、北茨城から集団就職で東京に出て働く「金の卵」。
最初、ラジオ組み立て工場で働くが、不況のあおりを受けて倒産。
行く当てのなかったみね子を拾ってくれたのが、以前から馴染みのあった洋食屋「すずふり亭」でした。
みね子にはこれといった特技はない。
これといった大きな夢もない。
「マッサン」のように、周囲の反対を押し切って国産ウィスキー作りを成功させもしないし、「べっぴんさん」のように友人たちと力を合わせてベビー服のブランドを立ち上げたりもしない。
したがって、このドラマは極めて平凡、劇的なことはほとんど起きないのです。
ところが、見ていて面白い。
登場人物の中に、悪い人が一人もいない。
工場の寮でも、寮長は温情があるし、寮の女の子同士でいじめや諍いなども全くない。
失業したみね子を拾ってくれた「すずふり亭」の女主人をはじめ、コック、先輩ウェイトレス、隣の和菓子屋店主、アパートの同居人たち、全員が例外なく善人。
「人生、こんなにうまくいくなんて、あり得るか?」
と思うが、毎朝ほのぼのとして、ストレスがないのです。
何の取り柄もないように見えるみね子だが、一度だけ感心したことがあります。
アパートの住人である慶応ボーイと恋仲になった。
幸せの絶頂に行くかと思ったら、彼の父親が持ってきたしがらみの縁談話が断れない。
彼はみね子との関係を選ぼうと決意して、
「ぼくは、家との関係を切って、大学を辞めてでも、君と一緒になろうと思う」
と打ち明ける。
すると、しばらく考えていたみね子が、思いがけないことを言う。
「私は、親不孝な人は嫌いです」
この一言で、二人の恋は終わると分かっていながら、なぜこんな言葉がみね子から出てくるか。
彼女の父は数年前、出稼ぎの東京で、不意に音信不通となった。
理由が分からない。
しかし、母はもちろん、みね子もずっと、父が帰ってくると信じているのです。
ドラマの中では、みね子の心のつぶやきはいつも、
「お父さん、私は今 ….. です」
と、お父さんに語り掛ける形になっています。
お父さんを慕う娘の気持ちが、ずっと変わらない。
だからこそ、恋人へのあの言葉が出てきたのだろうと、私は思う。
「何年も行方知れずのお父さんを、私たちは信じて待っている。なのにあなたは、ここまで愛して育ててくれたお父さんの願いを、自分の思いだけではねのけることができるの?」
そういう気持ちだっただろうと、私なりに想像するのです。
ところが、この朝ドラのすぐあとに続く「あさイチ」で、みね子と同世代と思える出演者の男性の一人が、えらく憤慨している。
「あの島谷という大学生、なんてだらしない奴だ。あそこは絶対、『親を捨ててでも、ぼくは君との愛を貫く』と言うべきだろうが!」
団塊の世代は、日本の経済成長を支え、恋愛結婚の先頭を走ってきた人たちです。
家はしがらみ。
大切なのは、本人同士の気持ちだ。
「好きだ」という気持ちを優先しないのは、自分を偽ることではないか。
こういう主張が違和感なく受け入れられる世の中だろう、というのが常識のようにも思えます。
ところが、このドラマの脚本家は、みね子にちょっと時代錯誤的とも思える言葉を言わせてみた。
なぜだろうか?
考えてみると、これは時代によって変わるようなものではない。
親子という縦の関係、男女の横の関係、これはどちらもなくてはならない、価値のある愛の関係です。
しかし、横の関係は縦の関係を土台としてこそ正常に、美しく築かれると思います。
みね子の父は善良で優しく、子どもたちに愛情を注ぎ、家族のために出稼ぎの苦労も厭わず働いていた。
みね子はそういうお父さんをずっと慕って育ってきたし、音信不通になってからも、不信するとか恨むとか、そういう気持ちはほとんどなかった。
そういうお父さんを悲しませてでも自分の愛を貫こうとして、自分はいったい本当に幸せになれるのだろうか。
.... なれない。
だったら、お父さんも家も捨てて自分を選んでくれた男性と結婚して、それで自分は本当に喜べるだろうか。
..... 喜べない。
そういう気持ちから、言うしかなかったのが、あの一言だったのだろうと思います。
初めての愛を実らせたいという熱い思いがないのではない。
それでも、涙を流しながらも選択したあの決断は、みね子の人生を軌道から外さなかった。
何の成功談もなく、どんでん返しもなく、ただ善良な人たちの何気ない日常が展開しているドラマの中で、
「これは肝だ」
と思える出色のシーンでした。

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