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まるくまーる(旧・教育部長の講義日記)

堕落を情的な面から見れば ...

2017/06/19
原理を学ぶ 0
20170619

今日、久しぶりに婦人たちの原理講義勉強会に顔を出しました。
創造原理です。


神は本性相と本形状の二性性相の中和的主体であると同時に、本性相的男性と本形状的女性との二性性相の中和的主体としておられ、被造世界に対しては、性相的な男性的主体としていまし給う。


第1節の結論とも言うべき一節です。
しかし、この部分を文鮮明先生の言葉で言い直すと、

神は、真の愛の起源としていまし給う

というふうになると思っています。

原理講論執筆中の有名なエピソードがあります。
人間の心の機能は「知」「情」「意」の3つがあるが、どれが一番基本的かという点で、文先生と執筆者である劉協会長との間でかなり激しい意見の対立があったという話です。

文先生が
「情が基本だ」
と言われたのに対して、劉協会長も
「堕落人間は知を先立てないとだめでしょう」
と主張して譲らなかった。

最後は文先生が譲る形で「知」を優先させた。

そのことは、原理講論全体に反映されていると感じます。
例えば、「総序」。

堕落を知的な面からみれば、それはとりもなおさず、我々人間が無知に陥ったということを意味する

『知ること』は命の光であり、また蘇生のための力でもある

「知」を中心とした論理はそれはそれで筋が通っているのですが、ここでもし、
「堕落を情的な面からみれば、… 」
というふうな設問設定をしたら、どんな総序になったでしょうか。

冒頭に引用した創造原理の一節も、きわめて知的、論理的です。
それに対して、文先生の観点は「愛」というものを中心に据えた、とても情的なものだという印象を受けます。

創造原理の第1節は、神と被造世界の二性性相についてかなり緻密に論じていますが、最近の私はそのすべては講義しません。
初期の人には難しすぎて、却って重要なポイントを掴みにくくなると考えるからです。

知的な展開は最小限にしながら、
被造世界をなぜ神ご自身に似せて二性性相に造られたのか
という創造の動機を伝えるようにしています。
原理講論から原理本体論への重点のシフトです。

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