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まるくまーる(旧・教育部長の講義日記)

限りなく報いのあるもの

2017/05/17
読書三昧 0
20170517 

「フロー理論」について数回記事を書きながら、
「フローの状態とは、どんなものか」
ということにきちんと触れていなかったと思います。

フロー体験 喜びの現象学』の著者であるチクセントミハイ博士の定義は、こうです。

一つの活動に深く没入しているので他の何ものも問題とならなくなる状態で、その経験それ自体が非常に楽しいので、純粋にそれをするということのために多くの時間や労力を費やすようになる心の状態

また、チャーリーン・ベリッツ博士は『
パワー・オブ・フロー』の中で、こう表現しています。

フローとは自分と、他人や世界との垣根を取り払い、宇宙と調和して生きているという実感を味わう状態

もう少し具体的に、フロー状態のありさまを見てみると。

・ 物事が落ち着くべきところに落ち着き、障害が消え去り、必要なもの(お金、時間、仕事、人間、チャンスなど)が必要な時に手に入りやすくなる。

・ 適切な時に適切な場所にいて、適切なことをしていると感じる。

・ 出来事や行為が一貫したパターンでかみ合い、思いがけない調和を浮かび上がらせ、普段気づけない物事の根底にある秩序に気づける。

このような実例を見ると、「フロー」というような概念を知らなくても、時折、
「あれも、フローだったんだな」
と思い返すような体験はあるものです。

例えば。

下調べもせずに行ったところ、その日に限って、特別のイベントが行われていた。

「このことはどういうふうにやろうか」
と思い悩んでいると、誰かが思いもかけず、ヒントを与えてくれる。

何度も講義した箇所なのに、今日に限って受講者の反応が良く、予想もしないほど良い講義ができた。

こういう時は、確かに、何か自分が宇宙の流れに乗っているような、爽やかな気分を味わうものです。

フローで生きても、ノンフローで生きても、人生の長さは同じ。
できれば、フローで生きたいと思いますが、現実生活の大半はノンフローだろうと思います。

ノンフローというのは、自分がやろうとすることに目標を設定し、やった後は結果(成果)を評価する生き方がもたらす心の状態です。
他との優劣を気にかけ、絶えず競争心に駆られます。
我々は学校に入学した時から、このような環境に放り込まれ、勉強でも運動でも常に競争の中で結果を採点され、ランク付けされる。
そして常に「目標設定」を強いられるので、
「目標も持たない奴はだめだ」
と自分でも思い込むのです。

それに対して、フローというのは、自分自身の内面の欲求によって生きているときの心の状態ですから、それをしていること自体が嬉しい。
だから没入する。
それをやり遂げるのにどれほど時間がかかっても、辛くない。
それが「仕事」であるのか「遊び」であるのかの区別もなくなり、行為のすべてが「限りなく報いのあるもの」になり得ます。

自分の心や体も含めて、自分を取り巻く環境のほとんどは、自力ではアウト・オブ・コントロールです。
それなら、より大きな流れ(フロー)に乗る生き方のほうが、より早く、より遠くへ到達し得るのではないか。
神様に与えられた有限な人生の時間を、できるだけ多く「喜びという報い」を得ながら生きたいと、今の私は思うのです。

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