でも、私のロバだわ
「酔ってるの?あたしが誰かわかってる?」「ブーフーウーのウーじゃないかな」
これは短歌です。
そのつもりで読めば、字数がぴったり合っていることが分かります。
この歌の作者、穂村弘のことを教えてくれたのは息子。
「そんな歌人がいるのか」
と反応すると、やや冷ややかな息子の視線を受けました。
息子が貸してくれた『世界中が夕焼け―穂村弘の短歌の秘密
50首の中にはいろいろと趣きの違った歌がありますが、冒頭の歌はかなり非伝統的で、トリッキーな歌です。
内容も形式も相当トリッキーなのに、字数はきっちり伝統に則っている。
そこに面白みを感じるのです。
恋人同士で酒を飲みながら、ふざけ合っている。
男は相当に酔いが回った様子なので、女が、
「私が誰か、わかってる?」
とふざけて尋ねる。
すると男はからかい返すように、
「ブーフーウーのウーだろ?」
と答える。
ブーフーウーというのは3匹の子豚の兄弟。
私の世代には懐かしいが、若い世代には通じないかもしれない。
狼が来るというので、長男のブーは藁の家、次男のフーは木の家、そして末っ子ウーはレンガの家を作った。
2人の兄の家は簡単に壊されたが、レンガの家は頑丈なので残ったという話です。
だから、男の答えは、
「酔っぱらった僕が見るに、君は小太りの豚のようだが、豚の中でも賢いほうの豚だと思う」
と言っていると読めます。
つまりは
「けっこう可愛いよ」
と言っているのです。
この歌の注釈の中で、穂村は面白い小説の一節を紹介しています。
ロバート・B・パーカーという米国の小説家の作品の中で、女が彼氏を揶揄して「愚かなロバ」だと言う。
これはちょっときわどい言い回しです。
ところが、男は、
「君がキスをしてくれれば、愚かなロバが王子様に変わるかも」
と言い返す。
西洋だからアンデルセンのような世界です。
それで女が男にキスをするが、
「失敗だわ」
と言う。
「キスをしたけど、あなたは相変わらず愚かなロバよ。でも、私のロバだわ」
「こういう恋人同士の会話には『スイート感』がある」
と穂村は言う。
同じようなスイート感だとしても、パーカーがそれを散文で表現したのに対して、穂村は韻文で、しかも31文字ぴったりの伝統的な形で表現して見せる。
「日常会話には、けっこう素晴らしい31文字が潜んでいるじゃないか」
という驚きの発見をして見せる。
「日本語って、面白くて、美しいな」
と思う。
そのように感じさせてくれる歌として、歌人のセンスに脱帽するのです。

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