fc2ブログ
line-height:1.2;

自分の中に「本当の自分」はない

kitasendo
20170319 

時々、不思議研究所というところから「不思議の友」という一風変わった冊子が届きます。
編集は所長の森田健氏。
変わっていますが、ちょくちょく面白い記事に出会います。

例えば ...
世の中では「引き寄せの法則」が流布しているが、それでは良い運を引き寄せることなどできない、という。

なぜか?
「引き寄せたい」
ということは、自分の中に「欠乏感」があるからで、その意識で強く引き寄せを念じると、「欠乏の情報」を周囲にばらまくだけなのです。

良い運を引き寄せる本当の法則は「引き寄せの法則」ではなく、「引き寄せられの法則」。
「引き寄せの法則」の行為者は自分であるのに対して、「引き寄せられの法則」の行為者は自分の周囲(神様と言ってもよい)です。

自分が自分の周囲を「良い場」に作っていけば、その場が自分を引き寄せてくれる。
自分が良くなろうとするのではなく、周囲を良くしようとする。
すると、自然に自分に良い運が巡って来る。
これが「引き寄せられの法則」です。

ここで一つ、重要なことがあります。
本当の自分」は一体どこにいるのか、ということです。

「引き寄せの法則」は、自分の「内側」にいると考えます。
内側の自分が願いを念じて、外側を変えようとする。

それに対して「引き寄せられの法則」は、自分の外側こそ「本当の自分」だと考える。
自分の中には「本当の自分」はない。
つまり、自分の中は「空っぽ」(空=くう)なのです。

冊子の記事をここまで読んできて、
「面白い考えだな」
と思いましたが、実のところ分かりにくい。

自分の中に本当の自分はないという。
しかし普通、
「私が考える」
と考えています。

その「私」とは、一体誰なのか?
空っぽの自分が、どう考えているのか?
私は自分の人生をコントロールできないのか?
私が変わることによって、相手を変えることもできないのか?

私が一人の人間として成長していくというとき、私はどうなればいいのでしょうか。
成長というのは自分の中がだんだんと熟していき、中身が満ちていくというイメージがありましたが、どうも逆のようです。
成長というのは、自分の中がだんだんと空っぽになっていくことだという考えになります。

自分の中に「本当の自分」はないというのですが、「偽りの自分」がある可能性があります。
「これが私だ」
と間違って思い込んでいる自分が「偽りの自分」だとすれば、その自分はなくしたほうがいい。
その自分がなくなればなくなるほど、自分の中が空っぽになるでしょう。
その空っぽになったところに「本当の自分」が外側から入ってきて、満たされる。

自分の外側に「本当の自分」があるというのですが、自分の「外側」とか「内側」という区別もあまり必要ではないかもしれない。
そもそも、自分の外側と内側とを区切っている仕切りは何でしょうか。
細胞でできた自分の皮膚が自分の内部と外部とを仕切っているとも思いなしていますが、本当は自分の内部と外部などという区別はないような気もします。

自分の心が皮膚の内側にあるかどうか、分からない。
神様も自分の外側におられるのか、それとも内側におられるのか、それも判然としない。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 家庭連合(統一教会)へ
にほんブログ村
関連記事
スポンサーサイト



kitasendo
Admin:kitasendo