妻の足をつかむ
先日、久しぶりに妻の夢を見ました。
と言っても、妻の姿はほとんど見えない。
小さな穴のようなところを通して、辛うじて足の先だけが見えるといった感じなのです。
私はその妻の足の先なりとも触りたいと思い、その小さな穴に指を差し込んでみる。
触った感触がわずかにありました。
そんな夢です。
妻の足の先に少しだけ触った夢。
これは一体なんという夢だろう?
意味はさっぱり分からないままだったのですが、今日あれこれ考えているうちに、一つ閃いたことがあります。
しばらく以前、妻の生前にともに海外宣教師として南米に赴いた経験のある婦人と話したことがある。
その時その婦人が私の妻のことを回想して、
「お姉さんって、ホントに不平を言わない人、人の悪口を言うのを聞いたことがないです」
と言うのです。(「お姉さん」というのは、教会での祝福双が先輩の場合、年齢はほぼ同じでもそんなふうに呼ぶのです)
それを聞いて、改めて、
「そうだったかなあ? そんな女性だったかなあ?」
と、私も振り返ってみると、確かに不平を言うのを聞いた記憶があまりない。
悪口も言わない人だったような気がしてきました。
そう思ったとき、
「今の私が、だんだんと『感謝』について、『堕落性をいかに脱ぐか』について考え、そういう講義をするようになったのは、何かしら妻の助けなのかもしれない」
という考えが浮かんだのです。
その時の会話はしばらく忘れていたのですが、今日またふと思い出した。
それで、夢の中で妻の足だけでも掴もうとしたというのは、
「妻の後をついて行って、妻の導きでいろいろなことを教えてもらっている」
という意味なのかも知れない。
そんなふうに夢の意味が解けたような気がしたのです。
妻の全身の姿は見えない。
顔も見えないし、上半身も見えない。
見えるのは、わずかに足の先だけ。
これはつまり、私はまだ妻が教えようとしていることのほんのわずかなことしか悟っていない、ということだろうか。
これから少しづつ穴を広げて行って、妻の体全体が見え、掴めるようになっていくための、長い道のりがこの先に待ち受けている。

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