この男、悪い人ではなさそうだ
ネズミの家族を対象に、彼らの家族関係を調査した研究があります。
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カップル2匹に、その子ども3匹。
最初に、その子どもを入れ替えてみる。
すると、メス(母親)は自分の子が取り換えられたことをすぐに察知する。
ところが、それでも母性の力というのか、そのまま授乳させて育てる。
一方、オスは子どもが入れ替えられたことそのものに全く気がつかない。
次に、子どもはそのままで、メス(母親)を入れ替えてみる。
すると、オスはすぐそれに反応して、3匹の子どもを殺す。
そして、新しいメスとの間に子どもを作ろうとし始める。
***
これは「ブルース効果」と呼ばれる。
ネズミだけでなく、広く霊長類まで見られる現象で、別名、
「オスの子殺し」
とも呼ばれます。
哺乳類の特徴は、子どもを卵で産まないということです。
オスの種がメスのお腹に入って、そこで受精して、メスのお腹の中で育ち、ほぼ一人前の形を整えてから産出される。
この「胎生」という出産の方法をとることで、生まれて来る子どもに対する父親と母親の距離感が大きく違ってくるのは、いわば当然です。
子どもをすり替えられてもオスがすぐそれに気がつかないというのは、私にも分かる気がする。
父親と子どもとのつながりは、言ってみれば、微小な1粒の精子です。
それがまったく形を変えて目の前に現れてきても、それが我が子であるという実感は湧かない。
実際には、DNA鑑定でもしないことには、親子の関係は証明されない。
それに対して、母親にとって子どもはほぼ自分そのものです。
子どもの99.9%以上は、母親のもので形成されているのです。
子どもはほぼ自分自身、あるいは自分の延長体ですから、それがすり替えられれば、即座に感じる。
分かるのではなく、感じるのでしょう。
父親は感じるのではなく、分かるのです。
こういう違いは、親たる男女の問題だけではない。
子どもの側から見ても、この違いは大きいでしょう。
生まれてきた子どもが2人の男女を間近に見る。
一方(母親)は、よく分かる。
「この人は、私の船だ。私を育て、私を守ってくれる」
ところが、もう1人(父親)について見れば、
「この人は、一体何者だ? なぜこいつが私の船と親しそうにここにいるんだ?」
まあ、それでもそれから変わらず優しく世話し続けてくれれば、
「よくは分からないけど、悪い人ではなさそうだ」
くらいの評価にはなる。
「母親」というのは、子どもにとって生得的なもので「この人は誰だ?」という疑いをさしはさむ余地がない。
それに対して「父親」というのは、子どもにとって高度に観念的なものです。
「この人を私の父親として認めよう」と子どもが決めてくれてこそ、男性は父親になれる。
過去1週間ほど、人生初ともいうべき高熱にうなされながら、こんなことを考えていると、ふと、
「私も、その『よくは分からないけど、悪い人ではなさそうだ』と評価される立場でありながら、まあだいぶ頑張ってきたほうかもしれない」
と、自らを慰めたい気持ちになったのです。
「でも、子どもたちの船ともいうべきお母さんが生きていたら、どうだったろう? 子どもたちの安心感ははるかに大きかっただろうから、やはり可哀そうではあったな」

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