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大きな和の国

kitasendo
太宰府天満宮  

古代日本人の宗教性を分析すると、言霊信仰、ケガレ忌避、怨霊畏怖、の三つに代表されるとの説があります。
この内、ケガレも怨霊も、人の死を一種恐怖の対象、忌むべきものとして見なす傾向が強いものです。
必ずしもこの世とあの世とを健全な関係でとらえていたとは言い難いとしても、少なくともあの世を今よりもずっと近く感じて生きていたことは確かででしょう。

古代人の考えでは、自然死以外の死に方、特に不本意な死に方をした人は怨霊になって、現世に祟る恐れがありました。
そうだとすれば、この世は怨霊だらけと言ってもよく、迂闊な生活はできないことになります。

日本の三大怨霊は菅原道真平将門崇徳天皇の三人と言われています。
この3人ともに天満宮や神社に祀られているのは、現世に祟らないための鎮魂が目的であったという説には、頷ける点があります。

菅原道真 道真は平安の御代、右大臣にまで昇り詰めたにも拘らず、藤原一族の讒訴を受けて太宰府に左遷され、2年後にその地で憤死を遂げます。
ところがその死後間もなく、京の都に異変が相次ぎ、醍醐天皇の皇子が次々に病死。
さらには朝議中の清涼殿が落雷を受け、朝廷要人に多くの死傷者が出ました。

これが怨霊道真の祟りだと恐れられて、彼の死後に太政大臣の官位が追贈され、天満宮に祀られることとなったのです。

位階の高い権力者であるほど善の偉業も立てうる反面、万が一怨霊になればそれだけ大きな怨霊になります。
そこで、その怨霊を鎮めるには、それに相応しい立派な神社にお祭りする必要があるのです。

そういう視点から見れば、日本全国に大小何千とある神社の建立の背景に、怨霊鎮魂の意図が存在していると考えてもおかしくはないでしょう。

このような観念の中で生きていた人々にとって、怨霊を生まない最善の方法は、競争のない「和」の世界を作ることです。
対立して相手を死に追いやれば、確実に怨霊を生み出します。
死に追いやらないまでも、現世において対立をせず、互いに和して生きることこそ最善の生き方に違いありません。

そう考えると、日本の国柄を「大きな和」と称するのには、深い意味が感じられます。

今日、古代人そのままに怨霊を畏怖する人はほとんどいないでしょう。
しかし、現世においては対立よりも和を尊ぶ精神として、またどんなに批判を受けた人でも死者になればそれ以上鞭打たない精神として、怨霊畏怖の心性は今でも命脈を保ち続けているようにも見受けられます。
仏教の教義と結びついては、死者を一様に「仏」と呼ぶ、日本人独特の来世観にも、それは見て取れるように思います。

これらは、本人の自覚とは別に、日本に生まれて生活する者の精神に刻み込まれてきた心性でしょう。
長短併せ持つために、両手を挙げて賞賛する訳にはいかないとしても、グローバル化する世界において、当たり前のように宗教が対立し、強大国が弱小国を軍事的文化的に支配する今日、怨霊を作らない和の精神は、決して価値の小さい伝統ではないと思います。


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