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伝道の終わり

kitasendo
2016.8.29 

教会で礼拝をするときに、その食口たちに会いたくて人々が集まってくるようになれば、伝道は終わりを告げ、私たちは互いに集まって、私たち同士で神を中心に喜んでさえいれば、人々が絶えず集まるようになります。そうなって初めて、ほんとうに生命力のある教会だといえます。
草創期には、(文鮮明)先生を中心にお互いに会いたいと思っていたので、私たちが集まったところに愛と恵みが満ちていたので、人々が絶えず押しかけてきました。霊界から役事して、人々を凡一洞(ボムイルトン)に駆り立ててくれました。人里離れたところでしたが、人々が絶えず押しかけてきたのです。
(「苦難と和睦」李耀翰牧師)


文先生がおられ、そこに精誠を投入される場においては、神霊の渦が巻いて、生命の躍動が起こる。
ところが、先生がその場を去られた後には、その動きを引き継げるものがいない。
それで、草創期は草創期としてやがて過ぎ去っていくのです。

今、私たちが礼拝を盛り上げるためには、まず礼拝委員会を立ち上げ、会議をし、声がけをし、イベントを企画したりします。
このことによって、徐々に、あるいは少し、参加者が増えることがあります。
ところが、これではいつまでも「伝道は終わりを告げ」ない。

どうしたら「私たち同士で神を中心に喜んで」いられるか。
どうしたら「私たちの集まるところに愛と恵みが満ちる」のか。
それは企画会議では手に余るものです。

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tenmondai

No title

何かで、世界平和なんて考えなくても良い。それぞれが家庭の平和を考えれば、世界平和は来る。と言う言葉を聞いたことがあります。
教会も同じではないですかね。礼拝参加人数を増やすことを考えるよりも、家庭の平和を考えたほうが良いと思います。急がば廻れ ということで。
今のように、婦人だけで来ている家庭が多く、本部から様々な実績追求がある状態では、イベントで一時的に礼拝参加人数は増えても、実質的な拡大はできないと思います。
今のままでは良くて現状維持かジリ貧。教会も家庭も『貧すれば鈍する』状態です。
VISION2020や世界復帰なんて、夢のまた夢。

2016年08月30日 (Tue) 11:59
kitasendo
Admin:kitasendo