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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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アクセスが極めて難しいのだ

20160318 

昨日の講義の続きです。


原理講論の「堕落論」第6節。
「神はなぜ人間始祖の堕落行為に干渉できなかったか」
についての理由が3つ列挙してあります。

その2つ目を見ると、
「神は自ら創造された原理的な存在とその行動のみを干渉されるために、犯罪行為や地獄のような、御自分が創造されなかった非原理的な存在や行動には干渉し給わないのである」
という理由が説明されています。

この説明は、ちょっと分かりにくい説明です。
それでも、次のことが分かります。

神様は原理的な(善の)方であるので、非原理的な(悪の)ものには一切関われない

アダムとエバが天使長に誘惑され、戒めを忘れて堕落していくこと自体は非原理的なことであるために、神様は干渉できなかった。
しかしその堕落した2人に神様が堕落の理由を尋ねたとき、彼らが原理的な答えをしたならば、神様は彼らに干渉することができたでしょう。

すなわち、神様が
「なぜ取って食べたのか?」
と尋ねられたとき、アダムがもしも
「私が間違いました。すべて私が責任を負います」
と答えたならば、神様はアダムを通して救いの役事を行うことができたのではないでしょうか。

なぜなら、彼のその答えは弁解をする「堕落性」の答えではなく、「本性」の答えであるからです。

このような考えは、今の私にも通じます。

今の私は、本性と堕落性を持っています。
しかし神様の性禀からすれば、堕落性には関われない。
私の中の本性だけが、神様にとってアクセスできる要素です。

私にしてみれば、
「どうして神様の導きを感じにくいのだろう」
と思ったとしても、神様の側からすれば、
「お前の本性は小さすぎて、アクセスするのが極めて難しいのだ」
と言われるかも知れません。

そうかと言って、
「原理的で善である神様をやめてください。堕落性の私にも干渉してください」
とは言えません。

我々のほうから原理的で善に変わっていくしかないでしょう。


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