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この部屋は疲れていますね

kitasendo
20160308

一風変わった、興味深い会話に出会いました。

★★★

米国テキサス州オースティンの繁華街にある某ホテルの最上階。
かなり広いダンスホールになっている。

その夜にそこでディナーイベントを開く予定で、仮予約していたものだ。
そこへ主催者がイベントでの講演者を連れてやって来た。

「どう思います?」
と講演者が尋ねる。

主催者は部屋をざっと見回して、
「カーペットが汚れていますね」
と答えた後、講演者の見立てを知りたくて、
「あなたはどんな印象を持ちましたか? 良い悪いではなく、あなたの印象は多分私のそれとは違うと思うので」
と尋ね返した。

「この部屋は疲れていますね」
と講演者。

「出入りした人々に愛されたことがない。この部屋に感謝してあげなければ」

主催者にとっては予想もしなかった印象である。
「部屋を人間扱いしているのか? 部屋に感情があるとでも?」
と、内心で訝った。

すると、講演者はさらに奇妙なことを言う。

「自分の名前はシーラだと言っています」

「この部屋が自分の名前を『シーラ』だと言っているんですか?」

「シーラは我々が彼女(名前からしても女性ですね)を評価しているかどうか知りたがっています」

「 ....... 」

「ここで我々のイベントを開く許可をくれるかどうか、訊ねる必要があります。訊ねてみます」

「彼女は何と?」
(と答えながら、主催者は、間抜けな質問だなと思った)

「いいと言っています」

(『ハワイの秘法』ジョー・ヴィターリ著)

★★★

主催者は著者であるヴィターリ氏。
講演者はイハレアカラ・ヒューレン博士です。

人によっては眉唾の話だと思うでしょう。

私は、
「これまで私もいろいろな会場を借りて講演会をしてきたが、こんなふうにその部屋を感じたことがなかったな」
と思います。

大体は、あの主催者のように、
「カーペットが汚れているな」
とか
「窓が狭くて少し暗いな」
などと、見た目、あるいは外面的な印象だけで判断するものです。

あるいは、使用料金や立地条件なども重要な目安になります。

部屋には
「203」
などと番号がついていますから、それがこの部屋の名前だと思って疑いません。

これは、独りホテルの部屋に限った話ではないでしょう。
モノに対しても人に対しても、我々はもう少しその内面を見極めることができたらと思います。


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Admin:kitasendo