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まるくまーる(旧・元教育部長の講義日記)

悪霊が与える「苦痛」とは何か

2016/01/24
原理講義 6
20160124 

昨日アップした「復活論」の講義の中で触れたことです。

「悪霊はいかにして再臨復活するか」
という仕組みについて、原理講論は一つの実例を挙げています。


神様は地上人の恩恵レベルを上げてやりたい。
しかしその地上人には、彼自身あるいは彼の祖先が作った罪が残っているために、それを先ず清算させなければならない。
どうするか。

神様はその地上人に悪霊を選んで送る。
その悪霊は神様の思惑通り地上人に「苦痛」を与える。
ここが問題です。

悪霊が与える「苦痛」を地上人が「甘受」すれば、神様はそれを「蕩減条件」として、罪を清算したとみなして、地上人に恩恵を与える。
と同時に、悪霊も地上人の罪を清算するのに功を尽くしたという名目で復活させる。


こういう仕組みがあることを確認した後で、
「実は、私たちの人生の相当な部分はこの仕組みで動いているかも知れませんね」
と私が言うと、
「人生のほとんどがそうじゃないですか」
と答えた方もありました。

しかし、多くの場合、私たちはその仕組みに気づいておらず、そのため、せっかくの蕩減条件を立て得る貴重な機会を逃しているのではないか。
また、たとえ気がついたとしても、「苦痛を甘受」するというのは、往々にしてラクダが針の穴を通るよりも難しい。

ところで。
ここでちょっと考えてみましょう。

悪霊が与える「苦痛」とは一体どんなものでしょうか。
普通に考えれば、病気や事故、経済問題、人間関係のトラブルなど、かなり大きな苦痛が思い浮かびます。
それらは大抵、目に見え、体験できる現象として現れたものです。

しかし実のところ、悪霊が与える「苦痛」とは、そういう切羽詰まったものばかりではないように思えるのです。

例えば、嫉妬や恨み、傷心、自己嫌悪、傲慢、卑下、軽蔑など、自分の心の中に生起する「思い」や「感情」。
これらもすべて「苦痛」だと言えないでしょうか。
実際、こういう思いは私たちを相当に苦しめるのです。

こういう思いや感情も、神様が送った悪霊が与えている「苦痛」だとすれば、どうすべきか。
その苦痛を「甘受」すれば、それもまた蕩減条件になり得るはずです。

誰かが発した何気ない言葉で、私がひどく傷ついたとします。

「あの人はどうしてあんな酷いことをいうのか。許せない」
という思いが湧き上がります。

傷心、被害者意識、恨み ....

こういう苦痛を「甘受」する。

「私はこういう苦痛を体験する、何らかの蕩減問題を持っているのに違いない」
そう思って、「甘受」する。

私にどんな蕩減問題があるのか。
それは、私には分かる術がありません。
だから考える必要もなく、ただ「甘受」するのです。

このように考えると、蕩減条件というのは先ず以て極めて内面的なところから始まるということが分かります。

アダムの長男カインが抱えていた蕩減問題も、彼の内面で渦巻く非常に内面的なものでした。

「神は私ばかりを差別されるのではないか。悔しい」
「アベルはどうしてああも無神経なんだ。憎たらしい」

彼がなぜそういう思いを持たされるのか、本当の理由を彼は分からかなったでしょう。
原理によって説明されるので、今の私たちはある程度推察できるのですが、その時点でそれが分かるなどということは、大抵の場合ありません。
事実、私たちも日々の「思い」と「感情」の真の理由など、ほとんど知らないのです。

私たちは「苦痛」とそれに伴う「蕩減条件」について、今一度深く考え直して見る必要があるような気がしています。


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Comments 6

There are no comments yet.

諧謔亭 千流

No title

>原理によって説明されるので、今の私たちはある程度推察できるのですが、その時点でそれが分かるなどということは、大抵の場合ありません。

 貴重な、ご指摘だと思います。
 中心人物としての重大な問題ではなかったとしても、日常生活の中で、様々湧いてくる些細な感情を適切に消化していくことは、目に見えない大切な努力であると思います。

2016/01/24 (Sun) 22:40

通りすがりの食口

アージュ!

2016/01/25 (Mon) 00:43

てんば

No title

今日の私に、ぴったりの内容でした。ありがとうございました。

2016/01/25 (Mon) 03:01

fatherfujioka

大きな疑問です。

>神様はその地上人に悪霊を選んで送る。
その悪霊は神様の思惑通り地上人に「苦痛」を与える。

果たして神様は本当にそんなことをされるでしょうか?大きな疑問です。
例えて言えば、自分の娘の素行を正すためにその親が、不良に自分の娘に悪さをするように仕向けるようなものです。
それで娘が嫌な思いをしても甘受してくれれば、今後の素行も改善され不良も更生するようになるのでしょうか?

>悪霊が与える「苦痛」を地上人が「甘受」すれば、神様はそれを「蕩減条件」として、罪を清算したとみなして、地上人に恩恵を与える。
と同時に、悪霊も地上人の罪を清算するのに功を尽くしたという名目で復活させる。

この考え方は本当に正しいのでしょうか?
「悪霊が地上人に苦痛を与える」という行為は、単純に犯罪行為の反復であり通常はそうすると当人は更に堕落性に拍車がかかるだけです。

私たちは一体誰と闘っているのでしょうか?
私たちは一体誰のために闘っているのでしょうか?



2016/01/25 (Mon) 21:35

教育部長

Re: 大きな疑問です。

fatherfujiokaさん。
いつも貴重なコメントをくださり、ありがとうございます。
改めてもう少し深くみ言葉の真意を探ってみなければいけないことに気づかされました。
原理講論には
「天は悪霊人をして、その罪に対する罰として、この地上人に苦痛を与える業をなさしめる」
とあります。
この一文を私が私なりの表現にしてしまったのですが、この文には表面に現れていないものがあるかも知れません。
fatherfujiokaさんはこの部分をどのように読まれますか?

2016/01/25 (Mon) 22:23

fatherfujioka

誤解を恐れずズバリ言いますと。

確かに原理講論には
「天は悪霊人をして、その罪に対する罰として、この地上人に苦痛を与える業をなさしめる」 とありますが・・・、

有名な聖句「マタイによる福音書7章11節」のイエス様が言われる天の父の心情とは違うことが分かります。

また、旧約聖書にはこれに似た状況の物語「ヨブ記」があります。サタンに言われるままに神様がヨブに災いが起こることを許されて、実際にヨブが子供や財産全てを失います。

正直申しますと、私はここでの「神様」とご指摘の原理講論の中の「天」に強烈な違和感を感じます。むしろ別な言葉に置き換えてもいいような・・・。

それらがごちゃ混ぜになっているので、今このような状況になっているのだと思います。

2016/01/26 (Tue) 21:59