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まるくまーる(旧・元教育部長の講義日記)

「原理」を伝えようとする原理講義

2016/01/22
原理講義 0
20160122

「まったく分かんなかったです」

学び始めたばかりの青年が初めて「摂理的同時性」の講義を聞いた後、感想として発した第一声です。

我が教会はちょっと手狭で、奥の部屋に総務の机があり、簡単な衝立を挟んだ向こうで時々ゲストがビデオ講義を受講することがあります。
今日は私が奥のほうで総務の仕事をしている間、その青年がやってきて、ビデオ受講したのです。

担当した婦人が、
「講義、どうだった?」
と聞いた時の感想が冒頭の一言でした。

衝立1枚ですから、講義の声は私にも丸聞こえです。
ビデオの講師は30分あまりで、あの3本線の同時性を講義し、再臨主が来臨する時代の結論までたどり着きました。

「なかなかうまいなあ。あの膨大な6000年歴史の同時性を30分そこそこでよくもまとめたものだ」

そんなふうにも思っていました。

ところが、その講義を初めて聞いた青年は、
「さっぱり分からなかった」
というのです。

それはそうかも知れません。
6000年の人類歴史を初めて、しかも30分で聞くのです。

その内容も難しいでしょうし、何より、
「これで一体、何が言いたいの?」
というところがピンとこないだろうと思います。

少し考えてみると、
「あの講義は、原理を伝えようとしているようだな」
という気がしました。

原理講義なのだから、原理を伝える。
当たり前ではないか。
その何がおかしいの?

そんなふうに思えますが、振り返ってみると、私もこれまでほとんど、あの講師のように「原理を伝える原理講義」をしてきたのだなと思います。

実は今日、私もゲストに同じ箇所の講義をする予定でした。
ゲストの都合で講義ができなくなったと思ったら、その箇所を私が聞く立場になった。
不思議な気がします。

講義の準備をする時から、
「難しいなあ」
と思い悩んでいたのです。

同時性の講義は、まず歴史が繰り返す原因を説明し、次にその原則を説明してから、歴史全体と3段階に分けて順番に説明します。

そしてその結論は、
「どうですか? これを見れば、神様が生きて働いてこられたことを否定できません。そして、今私たちは再臨の時代に生きているのです」
ということになるのです。

「原理的」に「説得力」が最も発揮できる箇所でもあります。
私自身も、ここで相当説得されたような気がします。

しかし最近は、これが必ずしも正道ではないような気がするのです。

「さっぱり分からなかった」青年の理解力が特に低いとも思いません。
何回か聞けば、大抵分かってくると思います。

しかし、分かってほしいのは「原理」よりも「愛」なんだがなあ。
そんなふうに思うのですが、実際にはそういう講義が難しいのです。


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