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元教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長を辞しても思索する日々

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天国だけを教えればいいと思うよ

20151229


冬休みに入って娘が帰ってくるというので、途中まで迎えに行きました。

娘の話のトーンはいつものようです。

「私、大学に入ってすごく落ち込んだのよ。分かってたでしょ?」
と言うので、
「うん、今までとはだいぶ違うぞとは思ってた。環境適応能力が低いのかね?」
と問い返すと、
「ほんと、そう」

クラスのみんなはうまい具合に友だちを作っていくのに、自分だけはなかなか友だちを作れない。
ちょっとしたことで、すぐ涙がでる。

「鬱って、こんな気分だろうかって思った」

やっと一人だけ話すようになった友だちができたが、だいぶ変わっている。

「その子、全然心を開かないのよ。話してても、『この人にとって、私って本当に必要なのかしら』という気がしてしまうの」

「今まで君が出会ったことのないタイプだね」

「かと言って、私だって心を開けないタイプなのよ」

そんなふうに言いながら、
「自分なりに気を使ってあげても、心の中では、『死んだ後には、私の本心が全部明らかになって、地獄に行くんじゃないか』って思ったりして、落ち込む」

「どうしてそんなふうに思うんだ?」

「だって、心から相手のことを思えてないんだもの」

こんなふうな娘の話を聞きながら、幼い頃から学んできた原理の内容がむしろ娘の心を縛っているのではないかという気もしました。

「君が小さい頃から教会で聞いてきた話が、君の心に重くのしかかっているということはないかね?」

「どうかな~」

「こうしてはいけない、ああしないといけない、というようなことが辛いんじゃないか? 自分はとてもそんなふうにはなれない、とか思って」

「まあ、あるかもね。私、全然自信がないもの」

「父さんもね、長いこと原理のみ言葉が重かったような気がするんだ。理想の基準が高いので、『自分はあれもできてない』『あんなふうにもなっていない』とか思って、恐れを抱くような」

「お父さんも、そんなことがあったの?」

「でも、宗教というのは人の心を縛るものであってはいけないと思うんだ。むしろ心を解放してくれるものであるべきだ。神様も人間の心を縛りたいなんて思っておられないと思うよ」

「 .... 」

「神様が子どもを見る時に、良い点と悪い点とがあったとすれば、悪い点はなるべく見ないで、良い点を見て、それがもっと伸びるのを願うと思うんだ。悪い点というのはまだ未熟だということであって、これから成長していけばいいだけだ」

「ふ~ん」

「『成長には向かっていますが、今の私はこの姿です』って言えば、『そんなんじゃダメだ』とは神様は言われないと思うよ。だって、それ以外に今の自分はありようがないもの」

「そんなふうに思ってくれればいいけど」

「これからの宗教は地獄を言っていけない。天国だけを教えればいいと思うよ」


これはただ単に娘を慰めようとして言った話でもありません。
ほとんど私の本音です。

神様が人間に与えてくださったみ言葉は2つです。
三大祝福のみ言葉と、「取って食べるな」という戒めのみ言葉。

後者だけを強調し過ぎると、み言葉は人間の心を縛るでしょう。
しかし神様が本当に与えたいみ言葉は、どう考えても三大祝福のみ言葉だと思うのです。

しかし実は、この私自身がこれまで子どもたちの心を相当に縛ってきたのではないかと、最近考えるのです。


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