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まるくまーる(旧・教育部長の講義日記)

驚くべき原理の発見

2015/09/13
原理講義 0
20150913 

教会から50キロ以上離れた町に住んで、毎週の礼拝に通って来てくれるようになった祝福二世がいます。
一緒に話せるような青年がいないのがちょっと可哀想ですが、礼拝後にできるだけ講義をしてあげるようにしています。

今日も創造原理から堕落論まで
相対絶対主義
というテーマで講義しながら、私なりに感じたことがあります。

★★★

「相対絶対主義」というのは、神様の心情から出てくるものです。

神様の心情は、愛する対象なしには決して満たされることがありません。
対象を愛することを通して喜びを感じたいというのが、心情の衝動であるからです。

それで、神様がご自身に似たところのある対象を創造して、それが実体として現れた時から、神様はその実体と愛の関係を結ぶことで喜びを感じ始めます。
その実体対象は、神様にとって、ご自身以上に貴い価値のある存在になるのです。


エデンの園において、神様を中心として、最初に僕である天使が、最後に子女である人間が創造されました。

僕である天使が最初に創造されましたので、神様が天使に対するときには、主人としての愛を持たれるようになります。
天使長たちも、その「主人の愛」に満足していました。
当時おいて、その愛が最高の愛であったからです。

ところが最後に、神様はご自身の子女を創造されました。
すると、その子女という対象のゆえに、神様の中に「父母の愛」が生まれるようになったのです。
主体の中の愛は、その愛する対象が引き出すものだからです。

そのような神様の変化は、言い方を換えると、神様は僕を創り、最後に子女を創ることによって、ご自身が愛において成長されたということです。

ところが、天使長はその成長変化された神様の愛に対して、減少感を覚えたのです。
それは、自分に注がれる神様の愛と、人間に注がれる神様の愛とを比較してみた時、自分への愛が少ないと感じたからです。

この時、天使長にはそれとは違った感じ方があり得たと思います。

「これまで私が神様から受けてきた愛は主人の愛だったが、アダムとエバのお陰で神様が父母の愛まで持たれるようになったので、これからは私も父母になられた神様の愛を受けることができる」

「相対絶対主義」というのは、対象が主体よりも貴いというだけでなく、対象が主体を成長させるという、驚くべき原理の発見です。


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