fc2ブログ
line-height:1.2;

同性結婚は奨励されるべきか

kitasendo
20150720 

知り合いが紹介してくれたリンクを通して、
同性結婚は奨励されるべきか
というプロモーションビデオを見ました。

制作は「Family Research Council」。
米国ワシントンD.C.に本拠を置く、保守系キリスト教の組織です。

少し以前の記事「
天国への許可証を娘が書く」でも、この問題に触れたことがあります。

宗教的な立場から論じると、どうしても、
「原理から考えて、絶対にこれはおかしい。そういうことにハマる人間は、絶対おかしい」
という決めつけ論になりやすい。

本人はそれを正論だと信じて疑わないとしても、
「それは宗教的な偏見だ」
と反発される恐れがあります。

それが一般世間に広く共感を呼ばなければ、結局、変革の力にはならないでしょう。
上記のビデオはその点を克服しようと、客観的な論点を強調しているように見えます。


「異性婚」と「同性婚」とを比較します。
その比較の視点は、国家(あるいは社会全体)に対して公益をもたらすかどうかというところに置きます。

国民のさまざまな社会活動に対して、国家が取り得る選択肢は大きく分けて3つです。

① 奨励(promote)
② 許可(permit)
③ 禁止(prohibit)

例えば、警察活動は奨励する。
なぜなら、それは社会全体に資すると考えられるからです。

大半の「所有」に対しては許可する。

しかし、麻薬の売買や所持に対しては禁止する。
それは社会全体を害する行為だと見做されるからです。

これと同様の考え方に従って、

① 異性婚は奨励する
② 大半の人間関係は許可する
③ 近親相姦や児童性愛は禁止する

異性婚は社会に資するところが大きいので、国家はこれを奨励する。

何と言っても、異性婚だけが子ども生むことができる。
その子どもたちは継続的に社会を活性化させる力となり、高齢者を支える力ともなります。

それに対して、同性婚は子どもを生めないので、その点で異性婚のように社会への貢献がない。
そればかりか、同性婚に関する新しいカリキュラムを学校に導入する手間も生じ、言論の自由が制限される、税金などの支出が増えるなどの可能性もある。
社会の中にさまざまな葛藤が生じる恐れがある。

そのような点から、同性婚はせいぜい②の「許可」が妥当だと見做すことができるのです。

そうは言っても、同性婚を差別すべきだと主張するのではありません。
法律はその国家のすべての人を平等に遇します。
しかし、すべての行為を平等に扱うのではないのです。

異性婚は社会に利益をもたらす「行為」であるゆえに、法律で優遇する。
しかし、利益をもたらさない「行為」は、禁止はされないまでも、優遇するべきものでもない。


大体このように論じて、最後にこのビデオは次の言葉で結んでいます。

これは偏見(bigotry)ではなく、生物学(biology)である

製作者はキリスト教団体ですから、本当は、
「これは聖書学(biblical science)である」
とでも言いたいところでしょう。

しかしそう言ってしまうと、
「それはあなたの信仰的信条(偏見)に過ぎない」
と受け取られ、説得力が乏しく、広く共感を得ることが難しい。

そこでこのビデオは、論点を「社会の公益」というところに置いたのです。
公益に資するものは優遇し、資さないものは「許可」はすれども優遇するべきではないと論じることで、同性婚の社会的処遇を適正に抑えようとする。

しかも、現代社会が敏感になっている「人権」にも配慮しています。
異性婚者も同性婚者も、人としては差別をしない。
ただ、その人の「行為」によって区別する。
それなら、誰も反対する者はないだろうというわけです。

悩ましい問題ですが、論旨がスッキリと整理されていて、分かりやすいという印象を受けます。
後は、これをもう少し深める要素はないか。

異性婚は同性婚より社会的には貢献度が高いとは言えるとしても、それも現在、深刻な問題を抱えています。

継続的な離婚率の上昇。
ドメスティック・バイオレンス。
結婚の晩婚化。
生涯独身者の増加。
......


こういうことが改善されていかないと、
「異性婚は社会に資する」
とは単純に言えないものになりかねません。

よろしければ1クリック! 
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 統一教会へ
にほんブログ村

【おすすめ記事】
関連記事
スポンサーサイト



花火と案

同性婚

繁殖力の大小で、種の保存が決まる事
生物学は、このように綴ります
さて同性婚は?
とすると生物学からすると突然変異となります。
認めるか否かは価値観によるのでしょうが、認めたとしてもせいぜい100年でしょう。
人間的価値観からすると病気の部類ですね?
ならば、答は簡単です。
そうです治療なのです。
心の治療は誰が出来るか?
そうです。精神的治療は精神的指導者か医師だけなのです。
治療もしないで、人権を語るのは、やはり妖怪のせいかも知れない。
上手く行けば妖怪バッチが手に入るかもしれない。

2015年07月20日 (Mon) 22:46
kitasendo
Admin:kitasendo