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ご飯が愛である

kitasendo
20150711 

2ヶ月ほど前から、隣の教会に請われて時々講義に行くようになりました。

今日も午前中に講義があって、昼食を教会でいただいている時、若い女性と一緒になりました。
彼女は他の町からこちらの学校へ来て学んでいる祝福二世です。

中学生の頃までは毎週教会学校に通ってきていました。
高校生になると、勉強や部活が忙しくなって、教会からはだいぶ足が遠のいたまま卒業。

しかし、卒業と同時に親の勧めでフレッシュマンセミナーに参加しました。
高校卒業生を対象とする特別の修練会です。

それをきっかけにして、入学した学校のあるこの町の教会に通うようになりました。
2年生になった今、夏休みを利用して21日修練会に参加しようと準備中とのことです。


「どうして、こちらに来て教会に通うようになったんですか? 高校の時にはほとんど教会に行ってなかったんでしょう? フレッシュマンセミナーがきっかけでしたか?」

そのように尋ねると、彼女の答えはちょっと意外なものでした。

「それも少しはきっかけになったかも知れませんね。でもこの教会に通おうかと思ったきっかけは、こちらに来て間もなく、食事に誘われたんです」


慣れない教会に行った時、
「ご飯、食べて行きなさいよ」
と誘われて、
「じゃあ、遠慮なしに」
と言って席に着くと、周りは壮年たちがずらり。

それでも食事が楽しかったというのです。

「ご飯が良かったんですか」
と、ちょっと意外な答えに虚を突かれた思いになりながら、ふと、文鮮明先生の自叙伝にある言葉を思い出しました。


ご飯が愛である


なるほど、ご飯には愛がこもっている。
講義やセミナーもいいけれど、
「ご飯、食べていきなさい」
という一言が、人の心をいかに捉えるか。


そう言えば、
路傍演説伝道で有名になった松戸教会でも、確か同じようなことを言っていました。


「松戸教会のモットーは、いつでも皆様を歓迎し、一緒に食事をしながら、家族のつながりが持てるようにすること」
(小澤幸秀教会長)

ご飯は素晴らしい伝道師のようです。


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寂しい時に、理解してくれる人
大切ですね!
器の大きい教会と理解しました。
羨ましい限りです。
これこそ証ですね
そんな場所が沢山できるように頑張ってください。 応援しています。
もちろん私も頑張りますが、善の競争はいくらしても神様は喜んでくださいますかね?

2015年07月11日 (Sat) 22:58
kitasendo
Admin:kitasendo