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親の成績表は子どもがつける

kitasendo
20150706 

親子セミナーというものが、全国各地で開かれるようになっています。
祝福家庭の親子が、親1人、高校生以上の子ども1人の2人組で参加するのが基本です。

私はまだ参加したことがなく、企画者から教会宛に案内書が届いたので、初めてじっくりと読んでみました。
セミナーの意図が企画者の文章を通して、静かでありながら深く、しっかりと伝わってくるのを感じます。

以下にその一部をご紹介してみます。


<講義中子女が寝ている場合>

講義中、隣で子女が寝てしまっている場合、まず、子女自身に対していろいろ要求的に思わずに、霊的にはその講義の内容で眠る理由もありますので、父母の立場として、私の責任としてまず御自身が「悔い改め」の時間を、その瞬間持ってみてください。私がそのようにさせているとまで悔い改めるのが、愛の主体としてふさわしいと思いますし、起こすにしても、そのように内的に自分の思いを蕩減してから、その後優しくさすってあげるなりするのは良いと思います。感情的にならずに、要求的に起こさずに、講義中もその他の時間も、悔い改めと愛の精誠で尽くす時間だと思っていただけたらと思います。


<講義後のシェアや部屋での会話など>

例えば、子女から否定的な感想や言葉が出てきたとしても、親である私に対する「神様からの言葉」だと、その瞬間受け入れてみてください。原理の不理解や、関係のわだかまりや、教会に対する誤解など、どのような言葉が子女から出てきても、それは、親(私)に対する現時点の成績表でもあるわけですから、成否を正すことだけに力を入れず、一旦全部、受け止める精誠が必要になってきます。自分を全てを受け入れてくれる親を子女が体験できる!ということが最も大切だからです。そのような親からの言葉や説明こそ、生きて子女にも響いてくるようになると思います。


<感謝の言葉>

子女が能動的であれ、受動的であれ、このセミナーに参加してくれたということ自体に、「今回参加してくれて、本当にありがとうね」等と、親が感謝の言葉で表すことは、とても素晴らしいことだと思います。1日目が終わっての就寝前や、2日目の解散時などはもちろんです。連れてこられはしたが、親からの気持ちが感じられないと、ただ連れてこられて聞かされた .... というような格好になり、お互いに要求しあうような雰囲気は誰も望んでいないと思うからです。簡単な一言だけれども、互いの心を開くきっかけになり、セミナー自体の価値がお互いの中でより一層高まると思います。


これらの事前注意はすべて親に向けてのものです。
セミナーの期間中の注意ですが、よく読んでみると、普段の生活全般に関わる注意だと気づきます。

講義中に寝てしまう子どもは、親の期待を下回る(と親が感じる)子どもの姿です。
そういう姿を見ると、親はどうしても背中をつついたり、手を引っ張ったりしながら、
「もっと頑張りなさい。怠けたらダメでしょ」
と言ってしまう。

親自身はをそれを
「励まし」
「愛のムチ」
と思っているのですが、子どもはそのように受け取っているとは限りません。

「子どものために」
と思って一生懸命やっているのに、意に反して子どもからは、
「余計なお世話だ」
と反発される。

それを
「子どもは原理を分かっていない」
と批判したくなるのですが、子どもの言葉を
「子どもがつけた親の成績表」
と受け止めてはどうかというのです。

そして、「要求」する前に「感謝」してはどうかとも勧めています。

セミナーの時の態度は、普段の態度の現れです。
それゆえ、セミナーだけのための注意ではなく、そのまま生活へのアドバイスというべきものになるのです。


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統一太郎

昔の武士達は子供は7歳までは神の子、仏の子として育てたらしいですね。

2015年07月07日 (Tue) 18:44
統一太郎

江戸時代、外国から日本の教育を見たとき、「これほど子供を可愛がる国を見たことがない」ととても驚きました。

http://matome.naver.jp/m/odai/2143261880010244401

2015年07月09日 (Thu) 13:49
kitasendo
Admin:kitasendo