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非原理的な愛のほうがなぜ刺激的か

kitasendo
20150702 

今日の受講者は教育段階の婦人たち。
講義箇所は「堕落論」第2節でした。

原理講論に沿って、重要な部分を訓読し、質問もしながら講義を進めました。
その講義の中で、特に注目したのが、霊的堕落、肉的堕落の「動機」です。

霊的堕落は天使長とエバとの関係で起こりました。
天使長の動機について、次のようにあります。


愛の減少感を感ずるようになったルーシェルは、自分が天使世界において占めていた愛の位置と同一の位置を、人間世界に対してもそのまま保ちたいというところから、エバを誘惑するようになったのである。


一番最初の動機は、
「それまでと同じ愛の位置を保ちたい」
というところにあったのです。

「役職の位置」
でもなく、
「権限の位置」
でもなく、
愛の位置
というところに注目しておく必要があります。

このような動機からエバを誘惑し始めたところ、
「エバがルーシェルの誘惑に引かれてくる気配
が見えたために、
「ルーシェルはエバから一層強い愛の刺激を受けるようになった」
と言うのです。

エバからくる愛の刺激があまりにも強かったために、
「ルーシェルは死を覚悟してまで、より深くエバを誘惑するように」
なりました。


一方のエバにはどんな動機があったのでしょうか。


神のように目が開けることを望み、時ならぬ時に、時のものを願った。


これがエバの動機です。

「時のもの」とは何か。
それは明らかに、「男女の愛」です。


このように、天使長とエバ双方の動機と行動を見ると、そこには「愛」が深く関わっていることが分かります。

天使長は初め「神様から最も強く、直接に愛される位置」に固執しました。
そしてエバを誘惑し始めると、エバからも予想外に強い「女性の愛の刺激」を感じるようになり、最終局面では、死(霊的な)までも覚悟するようになったのです。


それに対して、肉的堕落の動機はどうでしょうか。


エバは、今からでも自分の原理的な相対者であるアダムと一体となることにより、再び神の前に立ち、堕落によって生じてきた恐怖心から逃れたいと願うその思いから、アダムを誘惑するようになった。


「恐怖心から逃れたい」
これがエバの動機でした。

天使長との関係の時のように、
「愛に引かれた」
のではないのです。

一方のアダムにはどんな動機があったのでしょうか。
原理講論を読むと、アダムの動機は明瞭に書いてないのです。

アダムはエバから誘惑され、エバと相対基準を造成し、授受作用をした結果、非原理的な愛の力が生じた、とだけ書いてあります。

天使長のように「愛の位置」に固執したというふうでもなく、エバから愛の刺激を強く感じたとも書いてはありません。


このように、霊的堕落と肉的堕落とを比較してみると、愛というものの関わり具合が相当違うように感じられます。

霊的堕落では、愛を求める心と体の動きがとても強いのです。
その愛が極めて非原理的であったとは言え、非常に強い刺激をもって2人を虜にしています。

それに対して肉的堕落では、
「恐怖心から逃れたい」
あるいは、
「元の原理的な位置に戻りたい」
というような、愛とは違う側面が強いのです。

そうすると、エバの中により深く植えられたのはアダムとの愛ではなく、天使長との愛であったと言ってもいいのではないでしょうか。
ですから、エバから生まれた子どもは、その種こそアダムにあったとは言え、愛の流れから言えば、天使長の子どもになってしまうのです。


エバを挟んだ2人の男との2つの関係は、昔、渡辺淳一が書いた『失楽園』を思い出させます。
愛の冷えた夫婦の愛よりも、不倫ではあっても夫婦外の関係の愛のほうがはるかに刺激的で強いので、そちらのほうが「本当の愛」ではないかと主張したのです。

その種はまさに、エデンの園で植えられたとしか言いようがありません。


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花火と案

なるほど❗
わかりやすい
堕落の本質か

2015年07月02日 (Thu) 23:22
統一太郎

冷えた夫婦の愛は愛ではないと思います。
愛とは決して冷えないものだと思います。
そして愛とは死よりもっと欲しいもの。それほどまでに凄いものだと思います。
それは神様の本質が愛だからです。
愛のエネルギーによって世界は動いています。
不倫の愛を選んでしまうのは、夫婦が当初その愛によって結婚したのに、様々な要因によってその愛が無くなってしまった。やはりそれはお互いの思いやりが原因していると思いますが、不倫が絶対悪だと分からないが故に当初夫婦にあった愛を初めて会う他人に求めたのでしょう。

2015年07月07日 (Tue) 18:57
統一太郎

もしカインがルシファーの子供だとしたら、アベルを殺した事により、人類はサタンの子孫になったことになりますね。

2015年07月07日 (Tue) 18:59
kitasendo
Admin:kitasendo