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まるくまーる(旧・教育部長の講義日記)

朝日に匂ふ山桜花

2015/06/20
愛読作家たち 2
本居宣長
20150620 

先日ご紹介した『学生との対話』から、もう少し小林秀雄の世界を味わってみたいと思います。

小林はその晩年、江戸時代の大学者、本居宣長に没頭しました。
宣長を単なる学者、あるいは歴史家と見做すことを、小林は良しとしません。
今の我々が「学者」「歴史家」という呼称からイメージするものと宣長の実像とは、ずいぶん違っていたというのが小林の認識です。

宣長の詠んだ有名な歌があります。


敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花


この歌は特段むつかしいところはないように見えて、実はなかなかむずかしい歌だと、小林は言います。

宣長は30年余りをかけて『古事記伝』を書き上げますが、この歌はいわばその集大成だといってもいいようです。

まず、「山桜」。

「山桜がどんな桜か、多分君たちは知らないだろう」
と小林は言います。

なぜなら、現代の日本で見る桜の大半は染井吉野であって、小林によればそれは本当の桜ではない。
桜の中でも一番低級な桜だというのです。

宣長は山桜をこよなく愛しました。
若い頃から庭に桜を植えていましたが、
「死んだら自分の墓には山桜を植えてくれ」
と遺言を書いているほどです。

多分、染井吉野では、
朝日に匂ふ
という言葉は出てこない。

「匂ふ」とはもともと「色が染まる」という意味です。

旅行く人が旅寝をすると、萩の色が袖に染まる。
それを「萩が匂う」というのです。
それから「照り輝く」という意味にもなるし、「香に匂う」という香り、匂いの意味にもなるのです。
「艶っぽさ」さえあります。

「匂ふ」には、視覚もあるし、嗅覚もある、いかにも日本人らしい、奥行きのある言葉です。

朝日が山桜にさすと、いかにも「匂ふ」という感じになる。
染井吉野では、その感じが出ないというのが小林の感覚なのでしょう。

昭和の世にも、桜をこよなく愛した人がいたことを小林は知っています。
その人は何とかして一流の桜を日本に普及させようと努力したが、とうとう染井吉野の勢いには敵わなかった。
そういう話も紹介しています。


さて、次は「大和心」です。

今でこそ「大和魂」などといえば、勇ましい、男性的な心意気のような感じがします。
しかしその起源は平安朝の女性たちにあるのです。
『源氏物語』に最初に出てきます。

その当時、男たちが重視していたのは「才(ざえ)」です。
「才」とは学問のことで、それは漢字とともに大陸から入ってきた学問です。
それに対して、女性たちが「大和心」と言ったのです。

「大和心」というのは、小難しい学問の知識ではなく、もっと「生活的な知恵」を意味します。

その知恵を弁えることを、
「もののあわれを知る」
と言ったのです。

『今昔物語』にこんな話が出てきます。

ある博士の家に泥棒が入った。
彼は床下に隠れて覗いていたのですが、あまりに口惜しいので、泥棒に向かって思わず、
「貴様らの顔は全部見た。後で役人に知らせるから覚えていろ」
と叫んだ。

そうしたら、泥棒たちは引き返して、博士を殺して遁走した。

その話に対して、作者はこうコメントしているのです。

「才はめでたかりけれども、つゆ大和魂なかりける者にて、かかる心幼きことをいひて死ぬるなり」

学識はあったが「大和心」がないために、愚かなことをして殺されたというのです。

ところが、この「大和心」という言葉はやがて死語となり、江戸時代になって、宣長が正しい意味で復活させたと小林は言います。

宣長は古代の書物「古事記」を深く研究したのですが、昔を今に引き寄せて調べるのではない。
その当時に戻っていって、当時の人の心でその書物を読もうとする。
それが宣長の歴史学です。

小林も歴史というものをそのように捉えています。


歴史を知るというのは、みな現在のことです。現在の諸君のことです。古いものは全く実在しないのですから、諸君はそれを思い出さなければならない。思い出せば諸君の心の中にそれが蘇って来る。... だから、歴史をやるのはみんな諸君の今の心の働きなのです。


こういうさまざまに深いものが、あのわずか31文字の歌の中に秘められている。
それを開いて見せてくれるのが、小林のこの上ない魅力です。


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Comments 2

There are no comments yet.

田黒吾寛

No title

短歌作られたことが有るんですか?

あるなら発表して下さい。

2015/06/21 (Sun) 00:45

教育部長

田黒さんへ

残念ながら、私の歌はありません。
韻文は昔から苦手です。

2015/06/21 (Sun) 13:04