小林秀雄の愛着心
しばらく、どうしても記事を書く気になれず、だいぶご無沙汰しました。
6年前にブログを初めて以来、10日以上も間をあけたのは、多分これが初めてです。
この間、前々から読みたいと思っていた小林秀雄の
『学生との対話
を取り寄せて読んでいます。
昭和36年から54年の間に5回にわたって行われた、学生を相手にした講演と質疑応答の記録です。
話し言葉が元ですから、普通に著述された文章より少しは読みやすいのですが、じっくりと染みこむような、彼独特の深みと面白みに満ちています。
話の中には随所に、世間一般にいう「インテリ」への辟易が吐出されます。
小林自身も、普通に言えばインテリの一人でしょう。
しかし、確かに何か、彼をして一般のインテリとは一線を画させるものがある。
彼の言葉を読めば読むほど、その感を否むことが出来ません。
その一線とは何だろう。
それを見極めようと思って読むのですが、ぼんやりとしか分からないのです。
ぼんやりと分かることとは、こういうことです。
小林は何かについて考えようとする時、
「私はそれを好むか」
「私はそこに喜びを感じるか」
ということを最も重視しているようなのです。
知的好奇心も強ければ、分析力も人並みではありません。
しかし、その考える根底には、そのものへの
「愛着心」
とでも言うべきものが常に潜んでいるように感じられます。
喜びとか愛着心というものは、抽象を嫌うのです。
対象は常に、温かみや生命の躍動を持っている「具体」でなければなりません。
ある講演の後で、一人の学生が「天皇」について質問を発しました。
「僕たちの天皇に対する接し方と申しますか、おつき合いの仕方というものはどうすればいいのでしょうか」
という学生の質問を受けて、小林はこう反応しました。
「ああ、君はどうして、そういう抽象的な言葉を出すかな。君は天皇というものについて、関心がある? 天皇制がどうだとか、民衆意識がどうだとか、そういうことに僕は答える興味がないんだよ。というのはね、君は心の底からそういうことに関心があるわけではないからなのだ」
その学生が本当には「天皇」に関心がないと、どうして断定的に分かるのでしょうか。
学生が抽象的な言葉を出した時点で、即座にそれを察知したのです。
学生が関心を持っているのは、「天皇制」であって、「天皇」そのものではない。
だから小林は、天皇について答える気はないと、あっさり切ったのです。
ところが、切ったその後で、小林は天皇についての自身の「体験」を懇切に話して聞かせます。
その話は、実に具体的な体験なのです。
しばらく以前、皇居を拝観に行った時、皇居を設計した人が案内をしてくれた。
その人との会話の中で鴨の話が出て、
「そんなに鴨がお好きなら、今度、新嘗祭の時にご招待しましょう」
という話になった。
後日、新嘗祭に参列してみると、陛下はたった独りで賢所(かしこどころ)にお入りになる。
中で何をなさっているかは、誰も分からない。
代々、天皇だけが綿々と守ってこられた儀式です。
それを外で待つ臣下たちは、夜になると寒いので、鴨の雑炊が振る舞われる。
この雑炊を小林も一緒にいただきながら、
「これが陛下に対するアンティミテ(親近感)だな」
ということが分かった気がしたのです。
さらに小林は、
「皇居は実に美しく、堂々たる建築で、僕は文化だと思うが、木と石で出来ている」
と学生に教えます。
ここに使われる木は、すべて樹齢600年以下というものはない。
樹齢800年、1000年というような木を使っている。
今や日本にそんな木は希少だから、3年もかけて見つけてきて、それで建てたのが今の皇居だ。
こんな話が、もう少し続くのです。
そして、
「皇居を拝観して、話を聞いていると、僕は陛下について思い出します。やっぱり、何か血があるんでしょう。そういう経験については話せます」
という言葉で、学生への答えを終えるのです。
ここで小林は自分の
「愛着心」
を語っているのだと思います。
だから、抽象ではあり得ず、とても具体なのです。
学生は知的な好奇心を抱き、ある種のイデオロギー的な関心を持って小林に尋ねたのだろうと思います。
しかし、小林は知的でもなく、イデオロギー的でもない答えをしてみせたのです。
それはいわば、
「彼自身」
なのです。
彼の答えの中に、彼全体が入っている。
そんな答え方です。
別のところで、こんなことも言っています。
「批評を生業にして、若い頃には批判も書いたことがあるが、段々と批判は書けなくなった。今は褒めることだけを書いている」
愛着心を持つ人は、批判が出来ない。
相手の良いところだけが見えるので、自然と褒めることに終始するのです。
まだかなり「ぼんやり」ではありますが、小林の一言一言が記事を書こうとする私の迷いを覚ましてくれるような気がするのです。
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