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愛を知れば、飛ぶことができるのよ

kitasendo
20140907

本部から届いた
比翼の鳥
という伝説を拝読して、私も妻が霊界に聖和した時、
「翼がもぎ取られたようだなあ」
と感じたことを思い出しました。

比翼の鳥というのは、中国の有名な詩人、白居易(白楽天)の「長恨歌」に出てくる鳥です。

在天願作比翼鳥、在地願爲連理枝」(天にあっては願わくは比翼の鳥となり、地にあっては願わくは連理の枝とならん)

「連理の枝」
というのは、根が異なる2つの木の枝や幹が途中で連結されるという話です。

一方の「比翼の鳥」というのは、目と翼が一つしかなく、2羽が一緒になってこそ飛べるという話です。

これはどちらも「夫婦」を象徴するものでしょう。

「連理の枝」は「地にあって」というのですから、夫婦の地上生活を象徴し、「比翼の鳥」は「天にあって」というのですから、霊界に行った夫婦の姿を象徴するとも読み取れます。

地上で、成熟した、見知らぬ男女が出会います。
生まれ(根)は別々ですが、人生の途中(枝)で出会うのです。
そして愛し合い、一つの家で暮らし、一つの釜のご飯を食べ、ともに泣き笑い、愛を分け合います。

そうして、2人とも地上の生活を終えて霊界に行けば、一つの体となって無限の世界を自由に飛び回るのです。

ところで、本部の文章には、こういう描写があります。

比翼鳥として生まれた私には、左の翼しかない。
どんなに努力しても、飛ぶことができません。

母鳥に、
「どうしてぼくには左の翼しかないの? 一生飛べないの?」
と不平を言うと、母鳥はこう答えるのです。

「今は飛べないけど、大人になったら飛べるようになるよ」

それから時を経て、だいぶ大きくなったので、もうそろそろ飛べるだろうと思い、翼を振ってみるが、やはり飛べません。

「大人になったのに、どうして飛べないの?」
と母鳥に訴えると、母鳥は、
「一度、愛を経験してごらん。愛を知れば、飛ぶことができるのよ」
と答えるのです。

ある日、右の翼を持った鳥に出会いました。
目と目が合った瞬間、お互いに胸が震えるのを感じました。
胸の中から愛が湧き上がってきたのです。

すぐに2羽は一緒になって飛び始めました。
ところが、飛べるのは飛べるのですが、長続きしないのです。

それで母鳥はもう一度、息子に諭しました。

「愛にはどんな目的があってもいけないの。愛は自分の目的を実現するためにあるんじゃないよ」

そう言われて、息子は、
「確かにぼくは、自分が飛びたいという目的のために、相手の愛を求めていたのか」
と気がつきました。

「愛するということは、もう一つの翼を得ること。それを二度と失ってはだめ。そのためには、あなたが先に愛しなさい。愛を受けようとせず、自分の目的を持たずに、ただ愛しなさい」

本部には、なかなか賢者がおられるものです。

確かに、我々は片翼で生まれてきたのでしょう。
左翼は右翼のために生まれ、右翼は左翼のために生まれました。

2人が一体となれば、空高く飛翔します。
それが一人では決して味わうことのできない喜びです。

地上ではうまく飛ぶ練習をし、霊界では本格的に飛ぶ生活をしなくてはなりません。

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