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評論家にならない

kitasendo
reporter

霊界における修練会に参加した人たちからの感想文が多く寄せられる中でも、ジャーナリストたちの感想はかなり特徴的です。


例えば、2002年に他界した、カナダ人ジャーナリスト、ヒュー・ラグという人の感想文。

「私はここ天上世界から、ニュース速報を送ろうと思います。これはとてもショッキングなニュースです。想像を絶する大事件です。キリスト教徒だけでなく、全人類が尊敬するイエス様とここで出会ったのです。
するとイエス様は、私にこう言われました。
『あなたはここに初めて来られたのでしょう? 地上人はこちら霊界のことをはっきりと知りませんから、あなたが彼らの霊魂が正しく霊界に来ることができるよう、霊界のことを正確に伝えてください』
イエス様のこのような願いにしたがって、私はここで進行している事実を正確にお伝えしようと思います」 

だいたいこんな感じです。

ジャーナリスト全体に共通する言い回しは、
私は今◯◯にいて、このレポートを送っています
ここでは今、◯◯のような驚くべきことが進行中です
などなど。

自分自身もセミナーに参加して、神様の原理を学んでいるはずなのに、彼の関心はその内容を自分がどのように感じ、受け止めたかではなく、専らそれをいかに多くの人に伝えるかにあるようです。
しかも、その伝え方は、人の関心を引くように、できるだけセンセーショナルにします。

このような様子をみると、この世で形成された性質は、あの世に行っても変わらないということが分かります。

数年前の1月1日、清平(チョンピョン)の修練苑に行った折り、祈祷室で祈っている内に、自分でも予期せぬ誓いをしたことがあります。
その一つが、
評論家にならないこと
というものでした。

評論家とは、その事態における主人ではありません。
その事態に責任を持たない傍観者であり、その立場から安心して自分の所感を述べる者です。

私の経験から言っても、不平不満が出やすいのは、その事態に対して自分が責任を持たない傍観者である場合です。
例えば、自分一人の力ではどうにもならない政治の話などをするとき。
自分の責任の範囲外だと思って、言いたい放題に言ってしまいやすいですし、だいたいは批判や不満がその大半を占めるのではないでしょうか。

世の中には(私も含めて)評論家で溢れているような気がします。
これは堕落した天使長の性稟です。
このような性稟は何としても克服しなければなりません。

そうしないと、この世で変えられなかった性稟は、あの世に行っても変わらないのです。


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ドラミちゃん

夫はお酒が入ると評論家になります。万が一、私が肯定的でない発言をすると、夫の感情を揺さぶってしまうので、私はほどほどに合わせているのです。が、今思うに、私は言葉にしなくとも、心の中では、かなりタチの悪い評論家になっていることに気付かされました。まあ、責任のかからない内容ならば、「気にしない」ことにしましょう。

2010年03月09日 (Tue) 20:01
kitasendo
Admin:kitasendo