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競争から共栄へ

kitasendo
こんにち、競争することを是とする常識の中で、「生き残り」あるいは「リベンジ」という言葉がしばしば使われます。
フィールド 響き合う生命・意識・宇宙』を参考に、その背景を思想的に考えると、次のような流れがあるのではないかと思います。

デカルト   ニュートンダーウィン

ヨーロッパ中世を超えて、ルネッサンスが拡大していった時代に、ルネ・デカルトはこのように考えました。
「私たちの心は、その体を構成する自動力のない非生命物質とは分離される。この世は、分離された小さな物体の集まりによって構成されている」

その後に現れた現代物理学の父、アイザック・ニュートンによって、現代科学の基本骨格が定立されました。
すなわち、この宇宙のすべての要素は分割可能で、互いに分離した、それぞれ完全に独立した存在だとする理論です。
これによると、巨大な一つの機械であるこの世界は、生命のない部品の集合体であり、我々が存在しようがしまいが、存在し続けます。
デカルトとニュートンは、物質世界から神と生命を取り去ってしまったとも言えます。

ダーウィンの進化論によって、この世の世界像はさらに殺伐としたものになりました。
 進化論の世界の標語は、「最適たれ。さもなくば滅びよ」というものです。
最も重要な要素は、「生き残り」という一点です。
喰うか喰われるか。人間の本質は、弱い特性を効果的に始末する、遺伝子のテロリスト。
生命は、共有とか相互依存を本義とせず、目的地に最初に到達することを競うもの。

このような思想を土台として、こんにち、教育の世界でも、企業の世界でも、「競争による生き残り」という概念を誰も不自然と感じなくなってきたのではないでしょうか。

ところが、20世紀初頭に誕生した量子論が明らかにしてくれたところによれば、この宇宙は絶えず変化しながら相互に結びついた網の目のようなものです。また、一度接触したものは、すべての空間と時間を通じて、いつまでも触れあった存在でい続けるとも考えられます。

統一原理によれば、すべてのものは独自の個性を持つ「個性真理体」であると同時に、相互不可分に結びついている「連体」でもあると言います。
各個体は全体のために奉仕する一方、全体は各個体の存立を保証します。

この世の本質は、明らかに競争や生き残りではなく、共生共栄でしょう。
競争に疑問を感じる小林正観さんの感覚は、21世紀的と言っていいように思います。




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Admin:kitasendo