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父母の心には敵がない

kitasendo
敵を愛せ 

先日「五官の地獄を克服する」という記事を書いたところ、
「私にも、どうしても愛せない人がいる。職場の上司です」
というコメントをくださった方があります。

「愛さないといけないとは分かっているが、なかなか実践できない」
という踏み出せない葛藤を、多くの人が抱いていると思います。

すると、たまたま読んでいた教会の説教集に、
敵を愛する理由と方法
という題目の説教があったのです。

それを少しご紹介しましょう。

★★★

説教者の敵は、実のお父さんでした。
酒飲みで、賭け事にお金をはたく上、酔った勢いで妻や子どもを殴ることがしばしばありました。

それで、幼い頃から
「自分はこんな父親にだけは絶対にならない」
と決意していました。

ところが、成長して原理のみ言葉に出会い、敵を愛さないと幸福になれないということを知ったのです。
しかし、愛したくなくて愛せないのではなく、愛せないから愛せないのです。

どうしたら克服できるのだろうと悩んでいる時、聖書を読んでみると、
「敵を愛し、迫害する者のために祈れ」
というイエス様の言葉に出会いました。

そこで、
「祈ってみよう」
と思いました。

しかし、
「父を遠ざけてください。霊界に送ってください」
と祈るわけにはいきません。

それは祈りではなく、呪いになるからです。
かと言って、嘘の祈りをするわけにもいきません。
そこで、こう祈ったのです。

「神様、私は父を愛せません! ですが、あの父も神様の子どもです。私は愛せないのですが、神様、父が幸福になるようにしてください」

この祈りを毎日続けていると、いつの間にか父親の良い所、神様が愛されている点は何だろうと探すようになったのです。

すると、父が昔パチンコで勝った景品をお菓子やジュースにして持ち帰り、
「食べろ食べろ」
とくれたことを思い出しました。

根は優しい人なのに、愛情の表現が下手だったんだと気がつきました。

そしてある日、父の家に訪ねたことがあります。
すると、不思議なことに、それまで父の方から話しかけてくることなどあまりなかったのに、その時はしきりに話しかけてくるのです。

その時は腑に落ちなかったのですが、後で考えてみると、理由は簡単でした。
それまでは父を嫌う目で見ていたのに、その時は父の良い所を探す目で見ていたからなのです。

そして、父の若い頃の体験を初めて聞きました。
それを聞いてみると初めて、父がなぜ故郷に縁が薄くなったのか、そしてなぜあんな生活態度になったのかが分かる気がしたのです。

★★★

これは学ぶべき「五官の地獄を克服した」体験談です。

そしてその鍵となるのが、文先生の次のみ言葉です。

「戦争の起こる動機は、男、女、私、君がいるためだ。夫婦、兄弟に戦いがある。しかし父母の心には敵がない。神様は父母である。ゆえに神様の本質は愛である」(『御旨の道』p.86)

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