1995年以降、資本主義は大きく変わった
『資本主義の終焉と歴史の危機』(水野和夫著)を参考にしながら、資本主義と民主主義の歴史的な流れを概観してみようと思います。
(原理から見た西洋の歴史発展については「神の摂理から見た資本主義」で書いています)
資本主義の基本的な性質は何か。
資本を投下し、利潤を得て資本を自己増殖させることです。
西洋において、資本主義の萌芽を水野氏は、1215年、ローマ教会が上限33%の利子率を容認した時だと考えます。
その後、資本主義は様々に名前を変えながら発展します。
重商主義
自由主義貿易
帝国主義
植民地主義
そして、グローバリズム
呼び名は変わったとしても、資本主義の基本的な性質は変わりません。
資本、つまり富を増殖する仕組みはこうです。
まず、「中心」と「周辺」が設定されます。
人口の比率は、大体「中心」が15%、「周辺」が85%です。
そして「中心」が「周辺」から資源を安く仕入れて、それを高く売る。
上げた利益をさらに投資して、さらに利益を上げる。
そのようにして、少数の中心が富を独占するという仕組みです。
これを少し具体的に見てみましょう。
16世紀当時、西洋の中心はローマでした。
ここに約2400万の人口が住んでいました。
それに対して、第一の周辺が英蘭仏独の4カ国。
ここの人口が、約3200万。
そして第二の周辺が東欧諸国で、人口が約1400万。
この時代に、3つの経済圏の統合が起こりました。
欧州内でのグローバリゼーションと言ってもいいでしょう。
それまでそれぞれの経済圏は異なる価格体系を持っていたので、それらが統合し、均質化するときに、価格の大変動が起こったのです。
例えば、東欧の穀物がそれまでの10倍以上に高騰しました。
この経済的な危機を克服するために、それまで続いていた荘園制・封建制から、資本主義・主権国家のシステムへの移行が図られました。
つまり、権力を中央に集中し、その力によって乗り越えようとしたのです。
この間、物価は大幅に高騰した一方、労働者の平均賃金はそれほど上がらなかったことから、彼らは次第に貧困化していきました。
そのようにして、富と権力を一部の者(王、貴族、資本家)が独占することに成功したのです。
貧しいレベルの周辺が存在してくれることによって、中心が富むという仕組みです。
これと非常によく似た現象が、20世紀の後半に、より大きな地球規模で現れました。
1970年代前半まで、世界の中心は15%の先進国でした。
そして、第一の周辺がBRICSと呼ばれる新興国。
そして第二の周辺が後進諸国です。
先進諸国は周辺の後進国から資源を安価に輸入し、製品を売って得た利益を新興国に設備投資することで、さらなる利益を上げてきました。
当時、原油が1バレルわずか3ドルで手に入ったのですから、先進諸国にとっては一方的に有利な状況だったのです。
ところが、新興国が次第に経済成長し、設備投資も行き渡ってくると、先進諸国はそこから従来のような利益を上げることができなくなってきました。
中心が利益を上げるための周辺が次第になくなってきたということです。
そこで、先進諸国、特に米国は、新しい周辺を作り出す必要に迫られました。
その必要によって作り出された新しい空間が「電子・金融空間」です。
それまでの中心と周辺は、基本的に「物的・地理的空間」の中にあったのですが、その空間がなくなってきたのですから、それまでになかった新しい空間を作り出したわけです。
1995年がその画期的な年となりました。
国際資本が完全に自由化されたのです。
それによって、世界中のマネーが米国ウォール街のコントロール下に入るようになったのです。
これで、「電子・金融空間」の世界的な統合が出来上がりました。
これを「グローバリズム」と呼び、この新たな世界統合によって、世界中が豊かさの恩恵を受けることができると見る向きもありますが、そういう見方をする限り、今起こっている現象の本質をつかむことはできないと、水野氏は言います。
なぜなら、資本主義と結びついたグローバリゼーションは必ず、新しい「周辺」を作り出すからです。
1995年以前、世界の中心は「北」の先進諸国であり、周辺は「南」の後進諸国でした。
先進国の国内においては、周辺から富を集めて富を増殖できたために、国家全体が潤い、中産階級が形成されました。
ところが、物的・地理的な周辺が消滅していくと、利益を上げ続けるために、電子・金融空間の中で新しい「中心」と「周辺」を作り出すしかありません。
電子・金融空間は国家の枠にとらわれませんから、国家の中に「中心」と「周辺」を作り出します。
つまり、先進国自体の中で、富める「中心」と貧しい「周辺」とに分かれていくのです。
言い方を変えれば、それまでの中産階級が崩壊していくと言うことです。
あるいは、一国の中に「北」と「南」が形成されるとも言えます。
それを端的に示す実例があります。
米国における1%の富裕層の所得が国民全体の所得に占める割合は、1976年には8.9%でした。
ところが、電子・金融空間が作られた後の2007年には、その割合が23.5%にまで上昇したのです。
米国は世界一豊かな国とも言われますが、確かに超億万長者が数%いる一方で、医療保険にも入れない貧困層が多数存在しているという現実は、上の数字を裏付けるものでしょう。
また、リーマン・ショックは、物的・地理的空間で成長できなくなった先進国の「中心」が、電子・金融空間で無理な膨張をさせた結果、それが破裂しておきたものです。
この時の「周辺」が、サブプライムローンなどの金融商品を巧みに買わされた自国民です。
資本主義の発展によって多くの国民が中産階級化するという点で、資本主義と民主主義はセカンドベストとして支持されてきました。
しかしこれは、1995年までの話です。
資本主義はその本質において、資本の自己増殖を求めるものです。
しかし、今や世界全体が豊かになってくれば、周辺がなくなるので利益を上げることができず、資本主義自体が成り立たなくなります。
一国の中で中産階級が多数生まれなくなれば、民主主義も成立しなくなります。
これまで先進諸国では中産階級が多数存在できたがゆえに民主主義が成り立ってきましたが、発展途上国では今後、民主主義の成り立つ前提条件そのものがなくなっていきます。
それで、水野氏の結論は、
「このまま資本主義的に利潤と経済成長を追求し続ければし続けるほど、資本主義の終焉を早く迎えることになる」
ということなのです。
いずれにせよ、資本主義の命運は遠からず尽きていき、最後の状況は、世界中が「デフレ」「ゼロ金利」「ゼロ成長」となる。
それが水野氏の予測です。
ただしかし、その後に来る世界の仕組みは一体どんなものであり得るのか。
「それは私にも分からない」
というのが、水野氏の正直な告白です。
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