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使わないのに、捨てられない

kitasendo
捨てられない 

さて。

母が何も捨てられず、困っています
という人生相談に、回答者岡本斗司夫氏はいかに考え、いかに答えたか。

もう78歳にもなったというのに、次から次に買い物を続け、使わないまま置き去りになっているものが家の中に溢れています。

娘はその母の姿を見る度に苦々しい思いになり、
「もう少し、歳相応な買い物行動ができないものか。理性的な老い支度をしてほしい」
と葛藤するのです。

相談を読んだ岡田氏も、最初は、
「どうしたら、そのお母さんに片づけさせることができるか」
という方向で考えてみたのですが、なぜかしっくりこない。
イライラするし、相談者の味方になりたい気がしない。

考えに考えた挙句、問題の核心(と岡田氏自身が思えるもの)に行き着いたのです。

この高齢のお母さんがやっていることは、衝動的な買い物ではない。

もっと生きよう
という願望の(多分無意識的な)現れなのです。

もっと生きようとしているからこそ、生き続けること、これからも元気であることの象徴のようなものを次から次に買っているのです。

バランスボールや竹馬を買うとき、母の心にあったのは、それを見事に使いこなしている健康でエネルギーに溢れる自分。
オーディオや絵画を買うのは、心の豊かさを取り戻そうとしているから。

そして、昔のように皆んなと一緒に暮らしたいと思っている。
だからこそ、「夫と2人で住んでいるマンションの中は大家族のように物で溢れている」のです。

「いつかもう一回、みんなと一緒に住むことがあるかも知れない」
と思っているから、物を捨てられないのです。

しかし、その願望には多分、母自身も気づいていません。
娘もやはり気づいていない。
それで、行動の表面だけを見て、苦々しい思いになるのです。

「どうしてこんな要らないものばかり買うの? 使わないものは捨てなさいよ」
と娘は、イライラしながらも、良かれと思って母に迫る。

「使わないものは捨てよ」
というのは正論ですから、母は反論できません。

しかし、反論はできなくても、捨てられもしないのです。
なぜかというと、「捨てる」というのは、母にとって自分の希望や可能性まで捨てるということだからです。

それで、岡田氏は回答の後半でこのように書いています。

でも母にとって、いまや通販番組やカタログを見て「欲しい」と思う時が「生きている」と感じられる時なんです。それを「使わないなら処分しろ」というのは、「夢を捨てろ」「これ以上、生きるな」と言っているようなものなんですよ。
あなたの言う「上手な老い支度」は、母にとっては自分の年齢を自覚させ、死がすぐそこまで来ていると意識させることに他なりません。
「生きる」とは、欲望と不安を受け入れること。無駄と混乱は当たり前なんです。
母に「安全で整然とした環境」を与えたいのは、あなたが心配させられず、安心したいからでしょ? 母の幸せは増えませんよね。
使い切れない食器であふれている? 父と二人暮らしのマンションは大家族のような備品でいっぱい?
お母さんの望んでいることは明らかじゃないですか!
あなたにも事情がおありでしょう。でも母親の道具や買い物を規制したり整理するだけが解決の本質でないのは、わかりますね?
家族を連れてお母さんの部屋で食事してはどうでしょう? たくさんの食器からお気に入りを探して。食後にはあなたがバランスボールや竹馬に乗ってみては?
お母さんが買い求めたのは「生きる希望」です。邪魔であろうと、あなたたち家族がちゃんと受け止めてあげてください。
「こんなふうに生きたかったな」という想いを受け取ること。
それが「相続」です。

この岡田氏の思考プロセスと回答を読んで、私も自分の母がなぜ食べきれないほどのおかずやお菓子を次々に買ってくるのか、はっきりと分かった気がします。
別に難しい話ではありません。

母は、ひたすら息子と孫娘に好きなものを食べさせたいのです。
だから、喜んで食べているのを見ると、次に町に出たとき、それと同じものを買ってくる。

母は会社勤めをしていた40年間、家族のために毎日仕事帰りに夕食の食材を買って帰りました。
息子のためには、毎日必ず好みのお菓子を1つづつ買ってきてくれました。

家族のために、家族が喜ぶ買い物をする。
それが母の40年間の一貫した習慣だったのです。

その習慣は、仕事をやめて20年近くになった今も、変わっていません。
体に染み付いているのです。

だから、母には全く悪気はありません。
息子と孫娘のためだと思い込んでいます。

それなのに、
「食べきれなくて捨てるようになるんだから、あんまり買ってこないで」
と孫に言われると、まったく思いがけない反応に、大ショックを受けるのです。

傍から見ると、
「どうしてこんな行動をするのか?」
と訝られることが、誰にでもあるでしょう。

しかし、どんな行動にも、その本人にはそのように行動する、ちゃんとした理由があるのに違いありません。
多くの場合、その理由が無意識に属しているので、本人にも分からないのです。

そういう「行動の無意識の理由」をどのようにして探しだすのでしょうか。

岡田氏はそれを、
潜行
と呼んでいます。

今回の回答を得たやり方も、その「潜行」によるのですが、次に、その方法を少し詳しく見てみましょう。

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tenmondai

このブログを見ながら、突然の脳幹梗塞で何も言わずに10ヶ月間寝たきりになり、何も言えないまま逝ってしまった母を思い出し涙を流してしまいました。
母もまだまだ生きたかっただろうし、孫のことももっと世話を焼きたかっただろうなと。
母に褒められたことのない私ですが、今思うと母に褒められようとして頑張って来たのが、私だったのかなと思います。
どうぞお母さんを大事にしてあげて下さい。

2014年01月28日 (Tue) 11:25
kitasendo
Admin:kitasendo