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「謙遜」と「愛」の人

kitasendo
kings 

元UTS総長・神明忠明先生のブログを少し参考にさせていただきます。

キリスト教では、至高にして絶対者なる神に対して、人間は不完全な被造物です。
人間が罪から救われて完全になれる可能性があるとすれば、それは死んで霊界に行ってからのことであって、この世では絶対に不可能です。

これをキリスト教の「不完全主義(non-perfectionism)」と呼ぶことができるでしょう。

それに対して統一原理は「完全主義(perfectionism)」です。

人間は個性完成し、家庭完成、主管性完成して地上天国をつくれば、神はそれを見て喜ばれると、原理は説きます。
このように、原理には「完成」という言葉が頻繁に出てきて、しかもそれが原理のキーワードだとも言えます。

ところが、このような「完全主義」をもつ原理は、ある意味で、キリスト教よりも危険だと、神明先生は危惧します。

実際には未完成段階でありながら、何らかの霊的な体験(神体験や原理の悟りなど)をすると、あたかも自分が完成したかの如く、自分を高めてしまう危険があるというのです。

「私の言うこと考えることは正しいのだから、私の言うことを聞け!」
というような尊大な態度になる。

そうなると、神様よりもサタン的な力が働きやすく、神の名のもとにおいて心情蹂躙、公金横領などが行われる可能性がある。

宗教者の傲慢
とでも言うべきでしょうか。

そこで、私たちはキリスト教以上に自分自身がへりくだる必要があります。

神明先生は次のように言われます。

神を知るのは難しい。神を概念では分かっても、神の愛の心情世界を感じるのは難しい。しかし、先ず自分の無知と欠点を認めて謙遜になれば、神の心情世界を感じ始めることができる。そして、神の心情世界を深く知るようになれば、それこそ奇跡さえ起こるのだ。その奇跡とは、自分とぶつかる人や怨讐を見たら、愛ゆえにむせび泣き、その人を抱きしめたくなることである。それが神の心情だからである。

そして、このような奇跡を起こした人が、統一教会の中に少なくとも1人はいる、と言われます。

その方が、李相軒先生です。

地上では「統一思想」をまとめられ、10年以上前に霊界に行かれた後からは膨大な霊界通信を送ってくださった先生です。

霊界に行かれるときには、
「これから私は、霊界の実相を隅から隅まで解明する」
というものすごい意欲を持たれ、その姿に神様も感嘆された様子でした。

地上生活を振り返って悔い改めるなどという通常のプロセスをふっ飛ばし、霊界に入るやいなや、文字通り、霊界の探査に熱中されたのです。

「どうしてこの方だけ、こんなにも特別なんだろう?」
と、当時の私はとても不思議であり、その秘密を知りたいものだと思っていました。

今にして思えば、その秘密の一端は、「謙遜」と「愛」にあったようです。

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