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メシヤを最高に迫害する者

kitasendo
出会い 

文先生が数え16歳の4月、祈祷の中でイエス様との出会いをされました。

しかし、その時に文先生はメシヤとして召命を受けたのではなく、メシヤとして「自覚」されたのです。

文先生にとって、自分が「神の息子」であるという自覚は、3歳の時からありました。
その時から神様の声を聞いておられたのです。

少年時代から自然を探索され、二性性相からなる自然界の創造原理を理解しておられました。

その文先生がイエス様に出会って、「メシヤの自覚」をされたのです。

メシヤの自覚とは、
堕落した人類をいかに救うか。その道を探さなくてはならない
という使命の自覚です。

その使命を果たすためには、人類を救えるだけの実績がなくてはなりません。
それはつまり、メシヤになるには原理のみ言葉を探し出すだけでなく、そのみ言葉の実体とならねばならないという意味です。

文先生は、その時から極めて深刻な人になりました。

メシヤとなり、人類を救済する「ロードマップ」を策定しなくてはなりません。
それは、神様ご自身さえ知らない道です。

なぜなら、神様にはもともと「堕落」という概念自体がないからです。
想定もしていなかった自体をどのように修復するのか。
それをメシヤが探し出し、確立しなければなりませんでした。

それで、文先生はその時に「栄光の王冠」という詩を書かれ、
「誰かがその道を知っているなら、その人に栄光の王冠を捧げたい」
と、心の奥底にある思いを表現されました。

しかし、その道は結局、メシヤだけが行ける道です。

再臨のメシヤは、アダムとイエス様の限界を越えなければなりません。

アダムは個性完成ができませんでした。
イエス様は、個性完成はされたものの、ご聖婚ができませんでした。
再臨主はその峠を越えていかなくてはなりません。

文先生がメシヤの自覚をされる以前、神様は温かい愛の神様でした。
その愛で文先生を育てられました。

ところが、文先生がメシヤの自覚をされた直後から、神様は最高の迫害者になられたのです。

このメシヤによって、人類を救済できるかも知れない
という希望を持たれた神様は、6千年の心情が爆発し、何としてもみ旨を完成させたいという、抑えがたい衝動を持たれました。

そして、文先生を死の道へと最高にプッシュされたのです。

メシヤが行く道は、サタンが讒訴するために、神様は助けることができません。
サタンが完全に認定するまで、神様は手を出すことができないのです。

文先生は、そのような原理と、神様の真情をあまりにもよく知っておられました。
それゆえに、神様の指示に絶対服従せざるを得ません。

その道は、父母も、師も、友も、ない道です。
愛の神もいない道です。

文先生が、神様も知らない、メシヤの行くべき「ロードマップ」をどのようにして探し出されたのか。
また、それを果たし得る実体にどのようにしてなられたのか。
それは、私には分かりません。

ただ、文先生が「メシヤの自覚」をされた次元と、私が初めて「氏族メシヤ」の申請書に署名した時の次元が、あまりに違いすぎることに恐ろしさを覚えます。

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