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唯心論とスピリチュアリズム

kitasendo
spiritualism 

原理講論の「総序」に、
「神の救いの摂理が完全になされるためには、この新しい真理は今まで民主主義世界において主唱されてきた唯心論を新しい次元にまで昇華させ、唯物論を吸収することによって、全人類を新しい世界に導き得るものでなければならない」
という一節があります。

ここにある「唯心論」は、英語版の原理講論では「spiritualism」となっています。
ところがこの両者には、その意味合いに若干のズレがあるような気もします。

試みに、wikipedia で「唯心論」を調べてみると、その英訳は確かに「spiritualism」となっていますが、
人間・社会において、心、もしくはその働きこそは至上の要因であるとする存在論における立場の一つ
と定義されています。

ところが、「spiritualism」で検索すると、その日本語訳は「心霊主義」となっており、
生命の死後存続、霊魂の科学的証拠に基づく思想および人生哲学である
と定義されているのです。

「唯心論」の対義語は「唯物論」と言っていいでしょう。
原理講論ではそのように捉えています。

一方、「心霊主義」の対義語は「現世主義」とでも言えばいいのでしょうか。
死後の世界、霊界を信じないという立場です。
この心霊主義の普及者の中には、例えば、シャーロック・ホームズの著者として有名なコナン・ドイル、あるいは有名な霊界探訪者、エマニュエル・スウェデンボルグなどがいます。

私なりに考えてみると、原理講論で言う「唯心論」には、心を体の上位に置く存在論の意味もあると同時に、人間の心霊を認めるスピリチュアリズムも含めたら良かろうと思います。

ただ、原理講論は明確に人間の心霊(霊人体)を認め、霊人体が住む世界としての霊界の存在を認めてはいるものの、その世界の構造や、地上世界との関係については、あまり詳細に語っていません。
それを補完するものとして、文先生の説教のみ言葉、李相軒先生の霊界通信、大母様のみ言葉などがかなり大量にありますが、膨大なものでもあり、お互いにややニュアンスが違うように感じられる部分もあり、全体的に把握するのは私の手に負えることではありません。

先日来、史吉子先生の著書を読みながら、霊界の先祖と地上界の子孫との関係について思いを巡らせていますが、私の頭の中でまだ十分に整理されていない状態です。
そこで、少し迂回しながら、私のできる範囲で考えてみようと思います。

さて、「スピリチュアリズム普及会」というものがあります。
その会のサイトに入ると、心霊問題について相当詳細な解説がありますので、その内容について少し触れてみようと思います。

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Admin:kitasendo