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元教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長を辞しても思索する日々

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共感の力

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「私がその人に本当に深く共感すると、その人は自分から執着を手放すようになるんです」

こう話してくれたのは、私の親しい教育部長です。
彼はどこかで専門的にカウンセリングを習ったのではないのですが、20年来の経験と独学によって実質的なカウンセリングの効果をあげています。

昨年の秋頃から、パニック障害の青年を受け持つようになりました。
週に1回から2回、来る度に3時間から5時間、彼の話を聞くのだそうです。
最初は相当に症状がひどかったのが、次第に改善し、この2月から仕事に就いたとのこと。

彼はとにかく無類のバイク好き。
バイクの話を始めれば、何時間でも話し続けるのです。
その話をずっと聴き続け(傾聴)ます。

最初はバイクのことしか目に入らないような状態だったのに、教育部長があまりにもよく聞いてくれ、共感を示してくれるものだから、ある時、
「バイクだけがいいのではない。車も面白い」
というように、関心の範囲がパッと広がったのです。

彼がバイクへの「執着」を手放した瞬間です。
そして、バイク以外のいろいろなことに関心が広がり、自分が本当にしたいことは何なのかということに目が開かれ始めるのです。

専門のカウンセラーは、ここまで1人の患者に集中できないでしょう。
1回に15分か、精々30分くらい話を聞いて、
「じゃあ、この薬を飲んでおいて」
というように対処する。

「深く共感する」ということは、簡単にできるものではないでしょう。

彼の話を聞きながら、「共感」ということについて、私はいろいろと思い巡らせました。
「共感というのは、それほどに力のあるものなのか。本当に共感してもらったと感じると、心が解放されて執着を手放すことができるのか」

そう考えると同時に、
「私は誰かにどれほど共感してきただろう? 私は誰かからそれほどに共感してもらったことがあるだろうか? 私にも何か、手放すべき執着があるのではないか?」
とも自問してみました。

子どもの話をできるだけ傾聴するようには心がけているものの、本当に深く共感していたかどうか、疑問です。
また、私にとって、2時間講義するのは苦になりませんが、2時間ゲストの話を聞くのは耐え難いと感じることが多くあります。

人は心の底で、本当のところは何を願っているのだろう?
真理を教えてもらうことでしょうか。
それとも、自分の心を理解し、共感してもらうことでしょうか。

原理を教える講義は貴重だと思いますが、頑なで何かに執着し、閉じている心には、神様の神霊と真理がどれだけ入るのか。
私自身の課題としても、これはよく考えるべき問題だと思わされました。

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