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元教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長を辞しても思索する日々

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み言葉をもって討論せよ

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光言社 e-News No.551(2013.3.15)の「み言ナビゲーション」に紹介されていた文鮮明先生のみ言葉がとても示唆的だったので、ご紹介します。

☆☆☆

皆さんの子女たちもいつかは「原理」を聞くでしょう。そうしたら、聞いただけで放っておいてはいけません。彼らが十代の青少年の時に原理のみ言を聞いたなら、聞いて「原理」の範囲と内容を口では認定するかもしれませんが、対社会関係で影響を与えられる水準までは理解できません。

15、6歳の時に原理のみ言を聴いた子女たちに無関心のままでいて、彼らが20歳を越えたなら、その中間過程で原理の内容とは掛け離れた生活形態を模索するようになるというのです。

まして、私たちは今、家庭を主として活動するのでなく社会を主として活動しているので、若い子どもたちはそれに対して批判したり軽視しがちな活動体制を持っています。このような実情にあるだけに、父母である皆さんが子女たちに責任を持たなければなりません。

ですから、子女が十代の時に原理のみ言を聞いたなら、聞いて知ったことだけで放っておかないで、家庭でお父さんとお母さんが息子・娘を友達のように思って討論もしなさいというのです。

1週間なら1週間、ひと月ならひと月に1回ずつ信仰生活における何かの問題を中心として、息子・娘は父母に、父母は息子・娘に、質問し合って答えながら討論をしなさいというのです。

そうすれば家庭で十代の青少年時期に聴いたその言葉が、それで終わるのではなく、二十代に入ってからは、その「原理」のみ言を生活環境に適用できるのです。そうなるように皆さんが面倒を見て、足場を整えてあげなければならないというのです。

私たちの家庭が他の家庭の模範にならなければなりませんが、そのような刺激を与えることのできる動機はだれがつくらなければならないでしょうか。息子・娘はつくることができません。父母がつくらなければなりません。

『み旨にかなった子女指導』第四章 父母の責任(p.374~376)から抜粋

☆☆☆

父母はその子女たちに修練会や訓読でみ言葉を聴かせるだけでなく、その後に「討論」をせよというアドバイスです。

子どもたちは小学生の頃から聞いた原理の内容を、結構覚えています。
しかし、自我が成長し、自分の考えが強く出始める思春期の頃には、み言葉を聴かせるだけでなく、聞いた内容に関して質問をし、討論を挑む。
しかも、その時は親子としてではなく、友だちのように横の関係で討論せよというのです。

そうすることによって、み言葉が単なる観念で終わるのではなく、現実の社会生活へ応用されるものとして、子どもの心により深く定着するようになるのでしょう。
父母は自分だけでみ言葉を読む「訓読」に終わるのではなく、家族で輪になって一緒に読み、その内容について話し合う「訓読会」を定着させなければならないということです。

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ならば、本部主催の訓読会+討論会 * by 神様と良心が私の主人
 初めてのコメントを失礼致します。Ryoともうします。いつも、真面目なブログだなぁと思いながら読んでいます。チト、お言葉でいきなり申し訳ございませんが・・・ご容赦あれ。
 ならば、堂々と文鮮明先生のご指示通りに、まずは手本として本部主催の訓読会+討論会をすればよいではないですか・・?自由参加で・・・盛り上がると思いますが・・過去に提案をした者もいたようですが異端のレッテルを貼られたりして、潰されていますよ・・そんな大人を見て子供は尊敬すると思いますか?

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Re: ならば、本部主催の訓読会+討論会 * by 教育部長
>  ならば、堂々と文鮮明先生のご指示通りに、まずは手本として本部主催の訓読会+討論会をすればよいではないですか・・?

そうですね。討論会はどんどんやったらいいように思います。
それにしてもまずは家庭から始める。教会から始める。
そういう地に足の着いた日常的な努力も大切でしょうね。これがなかなか簡単ではありません。

教育部長様へ * by 神様と良心が私の主人
〉そうですね。討論会はどんどんやったらいいように思います。
それにしてもまずは家庭から始める。教会から始める。
そういう地に足の着いた日常的な努力も大切でしょうね。これがなかなか簡単ではありません。

そうかもしれませんね・・草の根で訓読会が定着して天一国民度が成熟して心情文化世界を開花させねば、地上天国も絵に描いた餅・・・み言葉とやっていることが逆では世間の笑いものです。
人格完成、家庭完成が基本ですね・・切磋琢磨してまいりましょう・・・

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2013-03-16 * - [ 編集 ]

ならば、本部主催の訓読会+討論会

 初めてのコメントを失礼致します。Ryoともうします。いつも、真面目なブログだなぁと思いながら読んでいます。チト、お言葉でいきなり申し訳ございませんが・・・ご容赦あれ。
 ならば、堂々と文鮮明先生のご指示通りに、まずは手本として本部主催の訓読会+討論会をすればよいではないですか・・?自由参加で・・・盛り上がると思いますが・・過去に提案をした者もいたようですが異端のレッテルを貼られたりして、潰されていますよ・・そんな大人を見て子供は尊敬すると思いますか?
2013-03-16 * 神様と良心が私の主人 [ 編集 ]

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2013-03-16 * - [ 編集 ]

Re: ならば、本部主催の訓読会+討論会

>  ならば、堂々と文鮮明先生のご指示通りに、まずは手本として本部主催の訓読会+討論会をすればよいではないですか・・?

そうですね。討論会はどんどんやったらいいように思います。
それにしてもまずは家庭から始める。教会から始める。
そういう地に足の着いた日常的な努力も大切でしょうね。これがなかなか簡単ではありません。
2013-03-17 * 教育部長 [ 編集 ]

教育部長様へ

〉そうですね。討論会はどんどんやったらいいように思います。
それにしてもまずは家庭から始める。教会から始める。
そういう地に足の着いた日常的な努力も大切でしょうね。これがなかなか簡単ではありません。

そうかもしれませんね・・草の根で訓読会が定着して天一国民度が成熟して心情文化世界を開花させねば、地上天国も絵に描いた餅・・・み言葉とやっていることが逆では世間の笑いものです。
人格完成、家庭完成が基本ですね・・切磋琢磨してまいりましょう・・・
2013-03-20 * 神様と良心が私の主人 [ 編集 ]