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愛はコンセプトである

kitasendo
love3 

宇宙の根本とは何でしょうか。この宇宙が生まれる前には何があったのでしょうか。
神様ですか。神様だけいましたか。

愛が見えますか。
愛は実体がありませんが、愛はどこにありますか。

愛はコンセプト(概念)です。
神様においても、愛はコンセプトなのです。
神様にとっても、愛はコンセプトだということを知らなければなりません。

先日、教区の伝道大会に参加した折、帰途、私は車を運転しながらオーディオ天聖経の訓読を聞き続けていました。
『宇宙の根本』を聞いているときに出てきたのが、冒頭の箇所です。

文先生は、
「真の愛とは何か?」
「神様はなぜ二性性相になられたのか?」
「神様はなぜ創造をされたのか?」
などということについて、様々な角度から繰り返し説明されているのですが、決して容易に理解できるものではありません。

とりわけ、
愛はコンセプト(概念)です
とは、どういうことでしょうか。
私なりに考えてみます。

他の箇所で、
神様は愛によって生まれました
と言われています。

愛の種があり、それが相対を中心として吸収してみたところ、神様自体が性相と形状によって構成されるようになった。
人間がそうであるように、神様も愛の種から目が生じ、鼻が生じて生まれ、成長してこられた。

このように愛は宇宙の始原とも言えるのですが、実体はないのです。
概念としてのみ存在した愛は、相対関係があるところにおいてのみ、ある種の力、刺激として現れてきます。
それで神様も愛を感じるためには、相対的な構造(性相と形状、陽性と陰性)を持たざるを得なかったのだと考えられます。

神様でさえそうだとすれば、その被造物である我々も当然、相対的な構造を持たなければ愛を感じることはできないでしょう。
それで我々もすべて、二性性相になっています。

ところで、二性性相というのは、主体と対象ということです。
性相と形状も、陽性も陰性も、ただ単に2つのものがあるというのではなく、その2つは必ず主体と対象という関係を結ばなければなりません。
そうしないと、愛は現れないのです。

主体とは、最初に与える者であり、対象とは、与えられたものを返す者です。

男性と女性も、それだけで二性性相なのではありません。
その2人が主体と対象との関係を結んだ時(二性性相になった時)に、愛が現れるのです。
夫婦がその愛を深めようとすれば、真に二性性相的な関係を結んで生きなければならないということです。

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Admin:kitasendo