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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

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正常な信仰者になる道はどこにあるのか

正常な信仰者になる道はどこにあるのか

  私たちの路程に不満や不平はあり得ません。 今、二世は一世と同様に、信仰で最も基本となる「万事に感謝する生活」をしていないので、非常に心配です。 聖書と原理で言及されているように、正常な信仰をもった人は、天にまず感謝するようになります。 (韓鶴子総裁) 繰り返し同じテーマに戻るやうですが、我々の人生にとつて重要な指摘だと感じるので、再び取り上げてみます。 お母様の見られるところ、今の我々は、 「...

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No title * by 本人
「絶対感謝」
状況によるのではないでしょうか?

暴力夫や暴力親にまで、感謝は必要ですか?
その人(暴力をする人)の存在を否定はしませんが、暴力という行為に感謝するのはどうかなと思うのですが。
「罪を憎んで人を憎まず」
コレではいけないのでしょうか?

Re: No title * by 教育部長
状況によらないものを「絶対」と言ひますね。
もちろん様々な状況があり得ますから、私に「絶対」ができるかと問はれると、是と答へる自信はありません。
ただ、言はれるやうな「暴力夫」とか「暴力」とかに感謝することはできないし、さういふ趣旨でもありません。
暴力そのものは受け入れられないのですが、何らかの理由があってそのような状況に私が立たされたのではないかといふ「見えざる神の意図」に意識の焦点を当てようと考へるのです。
しかし、意識を向けたとしても、神の意図は分からない。だから、分かるのが目的でもありません。蕩減条件を立てられるかどうか。それが重要なことではないかと思ふのです。原理講論の「復活論」をよく読んでみると、さういふ考へに私はならざるを得ません。
コメントをいただいたことを感謝します。ご指摘いただくことで、私も自分の考へを改めて振り返つてみることができます。