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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

TOP > 2019年02月

焦らなくていいよ

焦らなくていいよ

良心について、原理講論は多くを語つてゐません。 わずかに創造原理第2節では授受作用の観点から、 「良心は神様の対象の立場で授受作用し、良心作用の力が生じる」 と論じてゐる。 そして同じ創造原理の第6節では、 「神様を中心として生心と肉心が授受作用してできる作用体を良心と呼ぶ」 と規定してゐる。 このやうな説明をみると、良心といふのは「私の心」といふ感じがします。 ところがお父様の直接の説明を聞くと、だい...

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「これはいいものですよ」と言はない

「これはいいものですよ」と言はない

  先日参加した 「自己牧会プログラム・セミナー」 をヒントに、これからいくつか記事を書いてみようと思ひます。 伝道を3段階に分けてみると、「自己牧会」は第一伝道に当たる。 「自己伝道」と言つてもいいでせう。 第二伝道が、家庭と教会の復興。 第三伝道が、外に向かう伝道(いはゆる伝道)です。 第二、第三の伝道を進めるためにも第一伝道が基礎になります。 そのことは昔から言はれてきたし、今でも言はれてゐる...

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私のルール、神様のルール

私のルール、神様のルール

  「ルール」 といふキーワードで、信仰について考へてみます。 私が決めた「ルール」。 家族で決めた「ルール」。 神様が決めた「ルール」。 といふやうに、いろいろなレベルの違ふルールがあると考へることができます。 「人間はこのやうに考へ、このやうに生きねばならない」 といふやうな私なりの「ルール」を、大抵誰でも決めてゐるでせう。 意識的に決めてゐると思つてゐなくても、無意識的には、 「かうあるべき...

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債権者にはならないほうがいい

債権者にはならないほうがいい

マタイ福音書の18章に、ある主人と僕の譬へ話が載つてゐます。 主人はその僕に1万タラントを貸してゐる。 とても返せなかつたので、主人は僕自身とその妻子と持ち物前部とを売つて返せと命じた。 持ち物だけでなく僕自身と妻子までも売れといふのは、身を売つて奴隷になれとでもいふことでせうか。 調べてみると、1タラントは今の日本円に換算すると、およそ3,000万円。 1万タラントとなると3,000億ですから、これは持ち物を売つ...

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折々夢に妻がやつて来るが

折々夢に妻がやつて来るが

折々夢に妻がやつて来る。 ところが夢に出てくる妻は大抵、病気がいまだ治癒してゐないのです。 乳がんが分かってからおよそ2年8ケ月の治療生活を送ったのちに逝つたので、妻との最後の記憶はどうしてもその病気にまつわつてゐます。 しかしそれはあくまで体の病気であつて、その厄介な体を脱いだのちには、私の信じるところ、病気からも解放されたはずなのです。 それなのに、夢で訪ねてくる妻が相変はらずその病気のままなのは...

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いだてんの時代

いだてんの時代

  今年の大河『いだてん』の主人公金栗四三は明治24年(1891年)の生まれ。 ドラマでは副主人公とも言へる落語家の古今亭志ん生も年一つ上の同時代人で、1912年のストックホルム・オリンピックのときは2人ともに二十歳そこそこの若い時代です。 熱心な大河のファンでもない私は、この前ちらりと見ながら、あの時代の東京の言語生活はあんなものだつたのかなといふのが気になりました。 脚本は宮藤官九郎で、この人は1970年...

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10分説教は果たして可能か

10分説教は果たして可能か

  山本夏彦の『完本・文語文』の中に、物理学者・木下是雄の書いた『理科系の作文技術』が絶妙にダイジェストされてゐて、それが非常に示唆的で面白い。 その分野の研究者が学会で発表しようとすると、それに与へられる時間は10分だといふ。 一生涯をかけた研究を発表するのに10分とは、あまりに短いのではないかとも思へるが、木下は十分可能だと言ふのです。 昔、公衆電話で市内なら10円で話せるのが3分でした。 結婚式の...

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No title * by tenmondai
人がある程度の集中力を持って聞けるのが、約18分と言われています。それ以上になると、余程のことがない限り、集中して聞くことはできません。
家庭教会の説教者はお父様の真似をして大体に話が長すぎます。感動を与えるのに、途中のくだらない冗談など全く必要ないと思います。
それと、牧会者は普通の人(教会員以外)に話す訓練も必要かなと思います。教会内部向けにだけ話せる人はこれから必要なくなると思います。

No title * by 本人
統一教会の方はかなりの割合で
・とにかく話が長い
・自分の話ばかりされる(人の話をあまり聞こうとされない

なのでいつも帰りが遅くなってしまいました。
アベルカインという関係性があるからでしょうか?
talktiveなのはいいのですが、会話のキャッチボールをして頂きたいものです。


天にいますあなたがたの父の子となる

天にいますあなたがたの父の子となる

  「隣り人を愛し、敵を憎め」 と言はれてゐたことは、あなたがたが聞いてゐるところである。 しかし、私はあなたがたに言ふ。 敵を愛し、迫害する者のために祈れ。 かうして、天にいますあなた方の父の子となるためである。 (「マタイ福音書」5:43) ほとんど毎日のやうに、朝起きるとき心が定まらない。色々な迷ひをある程度整理をしないととても1日を出発できないので、しばらく布団の中で内面の作業をするのが常にな...

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正常な信仰者になる道はどこにあるのか

正常な信仰者になる道はどこにあるのか

  私たちの路程に不満や不平はあり得ません。 今、二世は一世と同様に、信仰で最も基本となる「万事に感謝する生活」をしていないので、非常に心配です。 聖書と原理で言及されているように、正常な信仰をもった人は、天にまず感謝するようになります。 (韓鶴子総裁) 繰り返し同じテーマに戻るやうですが、我々の人生にとつて重要な指摘だと感じるので、再び取り上げてみます。 お母様の見られるところ、今の我々は、 「...

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No title * by 本人
「絶対感謝」
状況によるのではないでしょうか?

暴力夫や暴力親にまで、感謝は必要ですか?
その人(暴力をする人)の存在を否定はしませんが、暴力という行為に感謝するのはどうかなと思うのですが。
「罪を憎んで人を憎まず」
コレではいけないのでしょうか?

Re: No title * by 教育部長
状況によらないものを「絶対」と言ひますね。
もちろん様々な状況があり得ますから、私に「絶対」ができるかと問はれると、是と答へる自信はありません。
ただ、言はれるやうな「暴力夫」とか「暴力」とかに感謝することはできないし、さういふ趣旨でもありません。
暴力そのものは受け入れられないのですが、何らかの理由があってそのような状況に私が立たされたのではないかといふ「見えざる神の意図」に意識の焦点を当てようと考へるのです。
しかし、意識を向けたとしても、神の意図は分からない。だから、分かるのが目的でもありません。蕩減条件を立てられるかどうか。それが重要なことではないかと思ふのです。原理講論の「復活論」をよく読んでみると、さういふ考へに私はならざるを得ません。
コメントをいただいたことを感謝します。ご指摘いただくことで、私も自分の考へを改めて振り返つてみることができます。

100%の感謝に近づく道

100%の感謝に近づく道

海の水自体は同じでも、船の状態によつて、船に対する水の様相は180度変はるものです。 船に何の故障もなく、穴や隙間もなければ、水はその船が浮かび、快適に走るためになくてはならない助け手である。 ところが、その船にちょっとした穴でも開いてしまふやいなや、水はたちまち船に侵入して沈めてしまふ、恐ろしい敵に豹変するのです。 この船と水との関係は、「私」と「環境」との関係によく似てゐます。 身近な関係をもって...

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無条件的な感謝は蕩減と無縁である

無条件的な感謝は蕩減と無縁である

  原理と言ふみ言葉の大海で、我々はどのやうにそのみ言葉の水を掬ひ、飲めば、本当の栄養にすることができるのか。 私の心からはさまざまな思ひが、ひつきりなしに浮かんできます。 「あれは好きで、これは嫌いだ」 「あれはしたいが、これはしたくない」 「あの人の言葉や態度は、私の許容範囲にない(腹が立つ)」 嫌悪であらうと喜びであらうと、許容であらうと拒否であらうと、ほぼすべての感情は私が抱へる過去の蕩...

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旧かなづかひは気持ちいい

旧かなづかひは気持ちいい

  久しぶりに「旧かなづかひ」(歴史的かなづかひ)論者の本を読んで、私自身のそれへの愛着心を再認識したので、今日の記事はその愛着心に従つて書いてみることにします。 その本といふのは、 『旧かなづかひで書く日本語 』(萩野貞樹著) です。 著者は本書の中で現代かなづかい(新かなづかい)の自己矛盾や使ひ勝手の悪さと旧かなづかひの合理性をかなり論理的に、かつ微に入って論じてもゐますが、本当の気持ちは、 ...

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