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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

TOP > 2019年01月

サタンの讒訴はまだあるのか

サタンの讒訴はまだあるのか

  罪とは、サタンの讒訴を許諾することです。サタンが人間を讒訴できるのは、人間が正にサタンと血統的な因縁があるからです。 (1969.5.19) 人類の先祖であるアダムとエバは、自分たちを中心とする誤った愛によって堕落しました。神様が許諾していない愛の因縁を導入することによって、私たち人間には何が生じたかというと、原罪というものが生じました。 (1970.10.19) 罪には、原罪があり、自犯罪があり、連帯罪があ...

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讒訴とサタンの声 * by 後ペトロ
まるで考え違いをしておられるようです。霊的体験があまりにも乏しいので、実感をもって語れない。
まず第一に、罪とは「サタンと相対基準を結んだ結果行ったあらゆる行為」です。サタンはたえず、人間に「神様に反する行為」をなさせようとする。サタンの誘惑や惑わしに乗って、神様に反する行為をすると、サタンは「ほら、見なさい。この人は私の言うことを聞く人です。私のやり方を真似、行いを真似ている。私の子孫です」というのです。
そこでサタンの願うままに行う人々をサタンの血統だと言うのです。
一方で、神様の声を聞いてその願いを行う者は「神の子」です。
ここでいうサタンとは講論が、「億万のサタン」と述べたように、ルシファーだけではありません。
たくさんいるのです。

つづき * by 後ペトロ
つづき)

例えば、「祈り」を条件物として献げるとします。サタンは、その祭物を奪おうと様々なジャマをします。まず最初にするのは「忘れさせること」です。しかし忘れない人には、たくさんの妄想や雑念が湧いてきて、その精神集中を奪い、祈りの実であるインスピレーションを妨げようとします。妄想や雑念で最も抵抗しづらいのが、性的妄想です。
このようにして働きかけており、その働きかけに惑わされ、乗ってしまうと条件は奪われ、サタンは「どうだ、やっぱりこいつは私の子孫だ」と勝ち誇ります。神様がいくら、「これは私の子だ」と言っても、サタンは「いや、こういう行為をしたからには私の子ですよ」「あなたの子であれば、あなたの声に従うでしょう。しかし私の子なので私の声に従うのです」と讒訴し、神様も認めざるを得ないのです。