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教育部長の講義日記

家庭連合の教育部長として、統一原理を講義し、思索する日々

TOP > 2019年01月

この世には、確かに、特別な人がいる

この世には、確かに、特別な人がいる

この世には、確かに、特別な人がいる。 野球界なら、長嶋茂雄。 歌謡界なら、北島三郎。 テニス界なら、大坂なおみ。 全豪オープン初優勝にして、世界ランキング1位、おめでとう。 ところで、そのように群を抜いた人が全体の0.1%だとすれば、残る99.9%は特別な人ではない。 大坂なおみが全豪オープンの決勝戦に出れば、99.9%の特別でない人たちはテレビでそれを観戦しながら、接戦が続けばハラハラし、接戦を制して優勝すれ...

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私が体験するすべてのことは私の責任です

私が体験するすべてのことは私の責任です

原理講論「堕落論」第5節に、 「(本心の)自由の原理的意義」 について、3つが挙げられています。 ① 原理を離れた自由はあり得ない ② 責任のない自由はあり得ない ③ 実績のない自由はあり得ない ところが、アダムとエバが堕落することによって、 「(本心の)自由を失うこととなった」 というのです。 失ったとは、どういうことでしょうか。 原理を離れても生きられるようになり、責任を取らないでも、実績がなくても苦痛...

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逝く3人のお兄さん

逝く3人のお兄さん

昨日、私の信仰のお兄さんが聖和されました。 昔、30代だった私が米国の神学校を卒業して帰国し、初めて牧会者の任に就いたとき、経験もなく右も左も分からなかった私を最も親身になって受け入れ、指導してくださった。 最も恩が大きく、深い感謝を感じる方です。 聖和される数日前、時間を作ってやっと自宅までお見舞いに行ったその日が、ちょうど71歳の誕生日。 意識ははっきりしていたものの、体力は弱まり、体が痛がっておら...

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誰かのために仕事をして死ぬ

誰かのために仕事をして死ぬ

  最近、一緒に仕事をしている人たちに、 「あなたたちが人のために何かをして死ねば、永遠の弁明になる」 という話をしています。 ほかに弁明は要らない、ただ人のために仕事をして死になさいということです。 そうすれば、その仕事が完成できなくても弁明にはなるという話です。 (『心情文化世界とマルチメディア』文孝進) 堕落論を通しても、お父様のみ言葉を通しても、 「弁明」 というのは人間始祖の堕落以来始まり...

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仕事人のように信仰するな

仕事人のように信仰するな

  去る1月9日、104歳で聖和された家庭連合の至宝、李耀翰牧師。 その世界聖和式で読まれた龍鄭植(ヨン チョンシク)総会長の送辞を拝読しながら、 「原理とは何かな」 と改めて考えます。 龍総会長の送辞の中には、李牧師に関わるいくつもの貴重な体験談がありますが、その中の一つ。 ★★★ ある時私が事務所で仕事をしていると、牧師様が私のことを強く叱られました。 「お前はどうして人に対することを仕事のように対...

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捨ててこそ

捨ててこそ

  ずいぶん昔に読んだ鈴木大拙の『日本的霊性』の内容はだいぶうろ覚えだが、改めてwikipediaなどで確認してみると、 「霊性の日本的なものが触発されたときに初めて日本に本当の意味で仏教がおこった」 という趣旨のことを論じています。 仏教が日本に入って来て日本人を仏教的に感化したというより、日本人の中に元々潜在していた霊性が仏教をきっかけとして自覚的に現れた。 そんなふうに見るようです。 鈴木によれば、...

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天使長の想定外

天使長の想定外

正しいかどうか分かりませんが、ある時、こんなことを思いました。 アダムとエバが善悪の実を取って食べた後、神様がまずアダムに問われた。 「取って食べてはならないと命じておいたあの木から、お前は取って食べたのか?」 すると、アダムはおかしな答え方をした。 「あなたが私と一緒にしてくださったあの女が木から取ってくれたので、私は食べたのです」 神様は「なぜ食べたのか」とは聞いておられない。 「食べたか、どう...

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サタンの讒訴はまだあるのか

サタンの讒訴はまだあるのか

  罪とは、サタンの讒訴を許諾することです。サタンが人間を讒訴できるのは、人間が正にサタンと血統的な因縁があるからです。 (1969.5.19) 人類の先祖であるアダムとエバは、自分たちを中心とする誤った愛によって堕落しました。神様が許諾していない愛の因縁を導入することによって、私たち人間には何が生じたかというと、原罪というものが生じました。 (1970.10.19) 罪には、原罪があり、自犯罪があり、連帯罪があ...

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讒訴とサタンの声 * by 後ペトロ
まるで考え違いをしておられるようです。霊的体験があまりにも乏しいので、実感をもって語れない。
まず第一に、罪とは「サタンと相対基準を結んだ結果行ったあらゆる行為」です。サタンはたえず、人間に「神様に反する行為」をなさせようとする。サタンの誘惑や惑わしに乗って、神様に反する行為をすると、サタンは「ほら、見なさい。この人は私の言うことを聞く人です。私のやり方を真似、行いを真似ている。私の子孫です」というのです。
そこでサタンの願うままに行う人々をサタンの血統だと言うのです。
一方で、神様の声を聞いてその願いを行う者は「神の子」です。
ここでいうサタンとは講論が、「億万のサタン」と述べたように、ルシファーだけではありません。
たくさんいるのです。

つづき * by 後ペトロ
つづき)

例えば、「祈り」を条件物として献げるとします。サタンは、その祭物を奪おうと様々なジャマをします。まず最初にするのは「忘れさせること」です。しかし忘れない人には、たくさんの妄想や雑念が湧いてきて、その精神集中を奪い、祈りの実であるインスピレーションを妨げようとします。妄想や雑念で最も抵抗しづらいのが、性的妄想です。
このようにして働きかけており、その働きかけに惑わされ、乗ってしまうと条件は奪われ、サタンは「どうだ、やっぱりこいつは私の子孫だ」と勝ち誇ります。神様がいくら、「これは私の子だ」と言っても、サタンは「いや、こういう行為をしたからには私の子ですよ」「あなたの子であれば、あなたの声に従うでしょう。しかし私の子なので私の声に従うのです」と讒訴し、神様も認めざるを得ないのです。

おバカは体全体で生きている

おバカは体全体で生きている

  普段はほとんど観たことがないが、縁あって、2年半ほども前に放映された『さんま御殿』をyoutubeで観ました。 この日のタイトルは 「東大・京大のインテリがおバカと激突!』 頭の良さで対極に位置する2つのグループを集めて、その対照性を際立たせ、テレビ映えする番組を作る。 今どきのテレビではよくある企画かも知れない。 2つのグループは、あまりにも持っている世界が違う。 そのまま置いても交流は始まらないの...

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まだまだ修行が足りないね

まだまだ修行が足りないね

昨年米寿を迎えた母。 身体的にはまだ介護は要らないものの、認知症が着実に進んでいるので、行動パターンがだんだんと常軌を逸してきている。 毎日顔をつき合わせて暮らしていると、ストレスが溜まることが多い。 生来の心配性もあり、長年の習慣でもある、寝る前の玄関の鍵かけは母の仕事。 3分前のことは忘れても、これだけは絶対に忘れない。 ところが、今夜は誰が帰ってくるのか、それを毎晩私に聞いてくるのです。 今は2人...

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私は「有り難う」という者です

私は「有り難う」という者です

『日本文化のキーワード――七つのやまと言葉』(栗田勇著)の中に、あるテレビ番組で観たというこんな話が紹介されています。 四国八十八ヵ所霊場巡礼のお遍路さんが何ヶ月もかかって旅をして、最後88番目のお寺にたどり着く。そこで老若男女さまざまなお遍路さんたちが、お互いに手を合わせて涙を流している。 その時にみんなが我知らず繰り返す言葉が、 「有り難うございます、有り難うございます」 お大師さん(弘法大師)に...

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いいなぁと惚れ込む感性のほうが大事だね

いいなぁと惚れ込む感性のほうが大事だね

僕らの世代は他人の映画の悪口ばかり言っていた。でも、後になって批判する頭のよさより、いいなぁと惚れ込む感性のほうが大事だと思うようになったね。 アイツはばかだとか、あの作品はだめだとか、決めつけるのはかっこよかったり気持ちがよかったりするけど、そういう人間はえてして才能がない場合が多いな。 (『仕事。』川村元気著) 川村さんと言えば、2016年に大ヒットした映画『君の名は。』のプロデューサーとして一躍名...

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